40年ほど前に、自分の人生体験から保育園の必要性を痛切に感じ、無認可保育園から立ち上げ、もう70歳を何歳か超えた私の旧来の友人である名古屋のやまさと保育園の園長から、
「シュタイナー / 共に学んで支え合う /  日本の教育 / 正しき道へ 淳子」
という小さな額に入った歌をいただいたのは何年か前のことです。彼女は、日頃歌を読むことを日課としているのです。

先日泊めていただいた折、歌の話から和歌に話が及び「小倉百人一首」についてのコピーをいただきました。そのコピーの綴りに『「幸せなお産」が日本を変えるー吉村正』という本のコピーも綴ってあったのです。

「ああ、妊婦さんが、まき割りをするという、どこかにあるという産院ね」。咄嗟に頭の片隅に以前どこかで情報としてインプットされていた記憶がよみがえってきました。しかし、それに関する本を読むまでには至っておりませんでしたのでそれ以上は何も知らなかったのです。

まさに機が熟していたのでしょう。「小倉百人一首」よりも、「幸せなお産・・・」の方が気になり、帰宅して、珍しく一気に読みました。「幸せなお産・・・」の吉村医院は愛知県岡崎にあって院長先生は名古屋大学医学科を卒業されておられるのです。どうりで力が入るわけです。

そして5~6年も、いやもっと前になるのでしょうか。日頃疲れやすい体調のため断食を少し体験してみようと、伊豆の断食道場へ行く手はずを整えたのに、突然、間際になって身は屋久島にあったという「天然村」を思い出したのです。そのいきさつは今では定かではないのですが、急に一緒に行くことになった同行者の思惑によったのだろうと思います。

天然村は、かっては助産院で妊婦さんを生まれる間際だけでなく、前もって受け入れ、妊婦さんの過ごし方の指導にもあたられたという点も「幸せなお産・・・」での吉村医院の妊婦さんの受け入れと似ていることに気がつきました。

「聖なる産声(うぶごえ)-山縣良江―1986年7月10日 絶版」という本も出しておられ、何冊かまとめて送ってもらっていることを思い出し本を探してみました。

天然村はもとは山縣良江という方によって始められた助産院だったのが、平成8年著者が亡くなるとペンションとして引き続き営業され、私たちはそのペンションに泊めていただいたのです。ペンションというよりも家族的にお世話くださる保養所という雰囲気も少し漂う心地よいところでした。

※ちょっと蛇足ですが、屋久島に寄せていただいたのは確か3月で、島に着くや、まず目に飛び込んでくるのは、木々にたわわに実った黄金色、まさに黄金色に輝く「たんかん」という果実でした。その時期の屋久島は島全体がたんかんにおおわれているといってもよいほどで、深緑の葉がその輝きをいっそう際立たせ、みかんとは一味もふた味も違ったとてもおいしい果実です。着いたのは収穫最終日の前日でしたので、そのあくる日には「たんかん」もぎも手伝わせていただけたのです。しかし、収穫が終わるとどの木も葉だけの実のついている木が一本も見当たらないという見事なまでの様変わりに驚ろかされたのです。

その年以来毎年、3月の園児の「お別れ会の会食用」に屋久島の天然村から「たんかん」を送っていただいております。まったくの無農薬の安心できるその味は保護者の人にも大変好評で、その注文は年々増えるばかりなのです。

「幸せなお産・・・」の愛知県岡崎にある吉村医院も、屋久島の天然村も時代の流れに逆らって、あくまでも本来の自然なお産を目指して取り組んで来られたのです。「聖なる産声」を探していると、やはり吉村医院についての「お産!この命の神秘ー吉村正-春秋社」が出てきました。以前友人にいただいたまま、読まずにあったのです。

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