母の角膜の移植報告を受ける河上さん夫妻。「今も母が生きている気がする」と話した=2月16日、福井県越前市

 冬の合間の青空が広がる2月16日、福井県アイバンク移植コーディネーターの平澤ゆみ子さんは、お供え用の白い花を携え、越前市の一軒家を訪れた。献眼者(ドナー)の家族に角膜の移植報告をするためだ。

 「お母さまの角膜は、福井県と千葉県の方に移植されました。千葉の方は、移植を数年待っていたと聞いています」。平澤さんが書類を見せると、ドナーの息子、河上和浩さんは「そうですか」と満足そうにうなずいた。

 河上さんの母、スミ子さん(82)は昨年11月、越前市内の特別養護老人ホームで亡くなった。入所して7年。認知症で、亡くなる1年以上前から意思の疎通はできなかった。「母の死の覚悟はできていた」という河上さんは、スミ子さんが亡くなる数週間前、治療方針や看取(みと)りに関する施設との話し合いの際、一つだけお願いをした。「献眼してください」

 知り合いのドナー家族が「献眼してよかった」と言っていたのが頭に残っていた。それに、生前のスミ子さんは、親が留守がちな近所の子どもに料理を作って持っていくなど、面倒見がよかった。脳内出血で左半身まひになっても、夫の弁当を懸命に作り続けた。河上さんは「人のために生きた母は、献眼をOKしてくれるという確信があった」と話す。

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 角膜の組織寿命は200年といわれる。福井県済生会病院の棚橋俊郎・眼科主任部長は「ドナーの中には90代の人もいる。角膜の内側の細胞の数が基準を満たしていれば、高齢でも問題ない」と話す。角膜には血管が通っておらず、年齢や性別、血液型、眼球の左右は移植に関係ないという。県内の60代男性の角膜が、山形県の6歳女児に移植された事例もある。

 黒目が白く濁る角膜混濁だった女児は移植後、ドナー家族に、こんな手紙を送った。「めをくれてありがとう。しゅじゅつで しろくなってためが くろいきれいなめになりました。ありがとう☆」

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 「献眼はよいことだとは分かっていた。でも、亡くなった後に眼球を摘出するという行為は、高いハードルだった」。河上さんは献眼を決めてからも、迷いはあったと振り返る。しかしまぶたを閉じ、エンゼルメーク(死化粧)をしたスミ子さんの穏やかな顔を見た瞬間、胸のつかえが下りたという。

 「移植を受けたお2人とも経過は順調で、視力は回復しています」。平澤さんの報告を聞きながら、河上さんは「母は今もどこかで生きていて、今日のこの青空を一緒に見ているという感覚がある」と涙を浮かべた。

 河上さんは「『献眼をしてよかった』という正直な気持ちを周りの人に伝えるようにしている。眼球を摘出するということで、最初はみんな驚くが、僕は本当にやってよかったと思うから」

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 福井県アイバンクが創立30周年を迎えた。移植を決断した家族の思いや悩みを取材した。

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