オリックスからドラフト5位指名を受け、喜びを語る森本将太さん=2012年10月、福井市の福井新聞社

 2012年10月25日、日本野球機構(NPB)のドラフト会議。大谷翔平(日本ハム)、藤浪晋太郎(阪神)らビッグネームが呼ばれる中、福井ミラクルエレファンツの若武者にもその時が来た。5巡目。オリックスが「森本将太」を指名した。福井で育った球児が、福井の球団からNPBへ—。そんな“福井ドリーム”を体現した瞬間だった。

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 「高校でやめるつもりでした。それがエレファンツに入ってNPBまで行けて。精いっぱいやれた」。山あり谷ありの野球人生を森本将太さん(24)はこう振り返る。

 高校2年の冬に右肩を故障。卒業後は野球とは縁を切るつもりだったが、父浩安さん(54)が猛反対した。2年間限定という条件で渋々ながらエレファンツへ入団した。

 軽い気持ちで入ったが自信はあった。「クラブチームぐらいに思っていたので何とかなる」。それがふたを開けてみれば「レベルが高くて全然通用しなかった」。ほろ苦いデビューシーズンが反骨心をかき立てた。

 「結果を残したい」。その一心でオフは徹底的に体をいじめた。体重は10キロ増え、球速は初めて150キロをマーク。さらに、この年就任した酒井忠晴監督(現楽天2軍コーチ)の一言が背中を押した。「頑張ればNPBにもいけるぞ」

 その言葉を信じ、本気で挑んだ2年目。才能が一気に開花した。目標に掲げた10勝、防御率1点台をクリア。「夏には確信した」と満を持してNPB切符をもぎとった。

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 昨年、戦力外通告を受け選手生活に終止符を打った。現在はかつて在籍した中学硬式野球チーム、福井ボーイズでコーチを務める。「NPBを目指してがむしゃらに努力した」経験を子供たちに伝えている。

 森本さん以来、エレファンツからNPB選手は生まれていない。「今でも球団への愛着は変わらない。1人でも多く出てほしい」。“後輩”の出現を心待ちにしている。

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