見つかったウィーン万博「進歩賞牌」のメダル(下)。メダルの形状の紙が貼り付けられた賞状(上)とセットとみられる

 1873(明治6)年のウィーン万博で入賞した越前和紙の製品に贈られたメダルがこのほど、かつて五箇地区(福井県越前市)の紙の元締的存在だった同市の三田村家の蔵から見つかった。現当主の三田村士郎さん(62)は「144年も前に世界へ打って出ようとした当時の産地の気概を感じる」と話している。

 メダルは、明治期に越前和紙などを扱った大問屋の小林清作が、ウィーン政府から同万博の「進歩賞牌(しょうはい)」として贈られたものとみられる。製造を担っていた三田村家にはこの進歩賞牌の賞状が残っており、越前和紙が賞を獲得したこと自体は以前から知られていた。小林清作は三田村家と親戚関係だったという。

 2月下旬、同市にある三田村家敷地内の蔵の2階で三田村さんが見つけた。革製のケースに納められていた。

 直径約7センチ、厚さ約4ミリの金属製。進歩賞牌の賞状には、このメダルの表と裏を型押しして作ったとみられる円形の紙が貼り付けられており、セットだったとみられる賞状とメダルがそろった。

 同万博は、明治政府が維新以後初めて参加した海外の博覧会。日本の上質な物産を紹介し、将来の貿易振興の基礎をつくろうと全国の優れた工芸品が集められた。出品された日本の紙の評判は非常に高かったと伝えられている。

 「越前市史資料編8 近代の越前和紙」の解説を担当した市文化課の小林博之副課長は「進歩賞牌は、今でいう入選クラスの賞ではないか。140年以上前の万博メダルがいい状態で残っているのは貴重だ」と話す。

 同万博には日本の岩倉使節団が視察に訪れており、その中には越前府中(現越前市)生まれで帝国大(東大)初代総長となった渡辺洪基(ひろもと)と福井藩出身の由利公正がいたとされる。三田村さんは「2人は間違いなく越前和紙を見に行ったはず」と想像を膨らませている。

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