大一番で使用された軍配

 新横綱・稀勢の里関が劇的な優勝を決めた3月の大相撲春場所千秋楽の本割と優勝決定戦で、福井県小浜市遠敷にある天龍神社の高橋神龍宮司(77)が行司に贈った軍配と装束が使われた。大相撲ファンでもある高橋宮司は30年近く軍配を贈り続けているが、「歴史に残る一戦で使われ非常に誇らしい」と喜んでいる。

 高橋さんは1970年ごろ、東京で開かれた神主の講習会で行司の最高位である第24代木村庄之助さんと出会い、行司との交流を始めた。軍配は89年に第28代に初めて贈り、現在も年数回贈っている。

 今回の大一番を裁いたのは第40代式守伊之助さん(57)。「第31代の木村庄之助さんが使っていたような軍配が欲しい」と要望があり、井波彫刻の軍配を「現代の名工」である野村清宝さん(富山県)に依頼した。表に竜、裏に虎をあしらい、それぞれの目は金色に仕上げている。

 今まで贈ってきた軍配は、井波彫刻のほか、若狭塗や若狭めのう、越前蒔絵(まきえ)などがあり、行司から依頼を受け高橋宮司が県内外に制作を頼んできた。歴代の式守伊之助をはじめ三役格や十両格の行司のほか、呼び出し、床山とも親交を深めている。

 また、千秋楽で式守伊之助さんが着用した装束は、天龍神社の神紋があしらわれている。式守伊之助さんは福井新聞の取材に「多くの行司が支援してもらっており、千秋楽という節目に使わせていただこうと思っていた」と話す。結果的に歴史的な一番となり「何か力があるのかな」とも語った。この装束は、稀勢の里関の土俵入りの際も着用したという。

 高橋宮司は、千秋楽を現地で観戦。「決定戦で稀勢の里関が大関の照ノ富士関を下した瞬間の大歓声は、30年間見てきた中で最もすごかった」と興奮気味に振り返り「この一番はこれから語り継がれていくに違いない。関われて誇りに思う」と感慨深げ。「今後も親交を続けていきたいね」と笑顔で語った。

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