野球部長を退任した林博美さん=福井県敦賀市の敦賀気比高グラウンド

 2015年の選抜高校野球大会で初優勝した敦賀気比高(福井県敦賀市)の林博美さん(58)が3月末で野球部長を退任した。1986年の創部以来、部長、監督をともに4度経験。低迷期も含めチームを支え続けた功労者は「教員の立場でぶれずに指導してきた。これからもみんなから好かれるチームになってほしい」と語った。

 林さんは主幹という管理職の立場で、教頭の補佐役として学校業務に専念する。後任の部長は中野洋一郎さん(52)が19年ぶりに復帰した。

 林さんは、学校創立の86年に初代野球部長となり、89〜92年は監督を務めた。その後はチームの危機で立て直しを任されるなど、監督で春夏3度、部長として春夏7度、甲子園に導いた。

 特に90年代半ばから第1黄金期を築いた渡辺孝一監督(故人)が体罰発覚で解任された98年、学校側の説得を受け監督に復帰。渡辺さんを慕ってきた選手との距離感に腐心しながら、同年夏の甲子園に出場した。99年秋には内海哲也投手(巨人)を擁し北信越大会で優勝。選抜大会出場を決めたが、部員の不祥事で出場を辞退。林さんは監督辞任に追い込まれた。

 甲子園から遠ざかった「あの10年は長かった」。それでも林さんは教員として側面的に支援を続けた。「高校野球は部活動の一環。ただ勝てばいいのではない」と学校生活や規律を重んじ、粘り強く復活の道を模索した。

 その後部長の08年春、監督の09年夏に甲子園に出場。10年春は初の8強入り。11年夏に教え子の東哲平さんに監督を託し、部長として青年監督を支えた。「より良い形で気比を強くしたい」。重なった2人の思いは選抜大会初優勝という形で結実した。

 「でもあれがピークで終わってほしくない」。後進育成にも力を注ぎ、教え子の林孝臣、李開両コーチも経験を積んだ。「私は顧問や監督の補佐役だと思ってやってきた。(若い指導者に)私のような苦労はさせたくない」と言う。立場は変わるが、「サポートは続けたい」とそばで見守るつもりだ。

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