飲んだ事がない人でも案外と知っているのが貴腐ワイン。腐貴ワインと言った人もいましたけど概念としては間違っていないので素晴らしいと思いました。貴いけど腐っている。この相反するワインは世界中で作られます。

三大貴腐ワインと呼ばれるのが、ハンガリーのトカイ・アスー・エッセンシア、ドイツのトロッケン・ベーレンアウスレーゼ、そして最も有名な産地がフランス、ソーテルヌ地方です。

ワインを超甘くするには貴腐菌の力が不可欠。正式名はボトリティス・シネレアと言います。カビ菌なので菌糸を葡萄の実の中に伸ばします。ごく小さな穴を開けるのですが、この穴から水分が蒸発します。良くしたもので葡萄の中の糖分、つまり葡萄糖や果糖は通り抜ける事は出来ません。カップ焼きそばの湯切り口のような物。お湯は流れるけど麺は出ない。みたいな・・・。

こうして葡萄の中で糖分が凝縮する訳です。でも、その葡萄の見た目は本当にカビまみれ。灰色カビがびっしりと付いて知らない人がみたら本当に腐れ。私だったら捨てますね。完璧にポイッ。この葡萄を搾ってみようと考えた先人に敬意を表します。たぶん、この考えは皆さん同じですね。

ドイツのシュロス・ヨハニスベルク〔シュロスは城の意、フランスのシャトーと同じ〕に少年伝令の像があります。発見の端緒となった少年を称えている訳です。そのお話は…。昔々、収穫の許可を得る少年伝令が城主のもとに早馬を走らせました。ところがウン悪く彼はお腹が痛くなって・・・。一説には山賊に襲われ半死半生の目に。どちらにせよ災難ですが、知らせを持って帰った頃には葡萄は無残にも萎びていました。が泣く泣く搾ってワインを作ったら甘口の素晴らしいワインが出来ました。というのが目出度いオチ。

でも好奇心だけでカビまみれの葡萄を搾るでしょうか? 世界中、好奇心には勝てないO型ばっかりじゃあるまいし…。そこで昭和56年に発行された麻井宇介著「比較ワイン文化考」中央新書から。「ワインは本来、新酒で飲まれるものでした。何年も貯蔵し熟成させるのはワインを鑑賞する目的で飲むごく少数の人達のため。これも瓶とコルクによってワインが安全に保存できるようになってから後のこと。そんな時代、ブドウ収穫は、向こう一年間のワインを調達することを意味していた。腐ったブドウを仕込むのは、そうしなければ次の一年の飲料を失うことになるからであった」

好奇心よりもっと切実な理由があった訳です。通常のワインは葡萄の木1本からボトル1本が作られます。が、貴腐ワインは葡萄の木1本からグラス1杯と言われています。
ソーテルヌの最高峰、シャトー・ディケムの最高傑作1990年を飲んだことがありますが、まさに天上の味。神々が酌み交わしたネクタルです。光輝く黄金色。濃厚な蜂蜜のような香り。爽やかな酸と極上の甘さはワインの概念が変わる宇宙で最高のワイン。ちっぽけなストレスなど吹っ飛ぶスケールの大きさでした。

地球に生まれてよかったあ~。

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