卒園式の様子

 温暖化のせいでしょうか。例年に比べてずいぶんと早く桜の花だよりがあちらこちらから聞かれるようになりました。

 しかし暖かい日の訪れが例年よりも早いにもかかわらず、卒園式を控え、またまたインフルエンザの到来でやきもきする毎日です。今度はB型だそうです。

 こんなとき、サラナ親子るーむに来られる若いお母さん方の間では常備することが常識となりつつあるホメオパシーのレメデイでインフルエンザにかからずに乗り越えたという話をきかせていただいたことを思い出したのです。「インフルエンザ予防セット」というものもあるということです。

 ホメオパシーについては、私自身も十数年前にイギリスから来られた方からの直接の問診を受けて使ったことがあり、ヨーロッパにおける治療関係では歴史的に古く、広く活用されているのです。その問診には1時間以上を要してくださったものですから、その過程からいっても現在こんなに手軽に身近に手に入るようになっていることに少し疑問がないわけでもなかったのです。

 しかし、今はなんだかんだと言っている場合ではありません。常備されているお母さんに連絡を取りました。するとすぐに持ち合わせのレメディを届けてくださいました。心からの感謝、感謝でした。そのやさしいお心配りをいただいて何とか乗り越えたいと思っているのです。

■誕生から21歳までの人間になる準備期とは

 前回は人生を3つに区分して、その人生をおおまかにみてきました。

 今回はその3つの区分の最初の一区切りである誕生から21歳までの成長過程(人間になる・人生の準備期)を少し丁寧に見ていきながら、その時期において大切なことを考えていきたいとおもいます。

 シュタイナーは子どもの教育を始めるに当たって次のようなことを述べています。

「生まれる前の子どもはお母さんの胎内でまだ物質界を超越している存在たちの庇護の下におります。お母さんのおなかにいる間は直接外の世界に接触することはありません。お母さんの体がその環境となっているのです。ですから胎教を子ども自身に対して直接行うことはできません」

「胎教は両親、特に母親の生活態度からおのずと生じてくるものでなければなりません。つまり、子どもを生むまでの母親のあり方が人間としてふさわしいあり方をしているのであれば、そのような自己教育の結果がおのずと胎児に働きかけるのです。生まれる前から子どもを教育しようとすることをやめればやめるほど、そして母親が母親としてふさわしい生き方をしようとすればすれほど、そのことが胎児にとってプラスになるのです」

「子育てとは物質界を超越している存在たちの委託を受けて仕事をしようとしていることです」

 教育が始まるのはその母親の莢(さや)が取れて、これまで母親の胎内に包まれていた子どもが実際に物質の世界秩序の中に組み込まれるようになってからなのです。環境に直接さらされ、外界が直接影響をおよぼすようになっていくのです。

 子どもが胎内にいる間は母親の肉体の影響ももちろん受けますが、私たちの感覚を超えた世界の力が働いております。子どもが生まれ、子どもを育てるということはその世界から、誕生後の子どもの教育が私たち人間に託されていることだというのです。そしてその架け橋となるのが母乳だというのです。

 また人間がこの地上に生を受けたということは、この地上でしかできないことを行う可能性が与えられたということなのだというのです。

 現実には、このような思いにまで至って子育てに当たるということがあるでしょうか。一般的にはなかなかそのようなことはないとおもいます。

 では、その「子育ち」を基本的な生長段階に従ってみていきたいとおもいます。

 人間はおよそ21年かけてはじめて自立し、自分の自由な判断に基づいて行動できるようになるというのです。しかしそれはあくまでも順調に成長した場合のことです。

 今日においては本当に自立した人間となるのはもっともっとずっと後の35歳すぎのことだともいわれています。(私たちの感覚で捉えられることや、目に見えての結果ばかりが重視されがちの現代社会においてはそうした観点から物事を見ていくということはあまりなく、それ故ほとんど人が知らないこともあるからでしょう。現実的にはあまりにも早い時期から子どもに自立や判断を促すことが多いように思えます。)

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