◆紺万染物店

 天保6(1835)年創業。14代目・15代目の娘さんが頑張っておられます。万太郎、万次郎と、万代続くようにと「万」の字が付く名前がつけられており「紺万」の屋号になったとの事です。元は曾万布(そんぼ)に住んでいましたが、明治以前に現在地に移住しました。その理由が「夢にお告げがあり、観音像を掘り出したからだ」とのことです。神仏の加護を受けているのだから長く続くはずです。

 とにかく古いものがよく保存されており、博物館並み。拝見していて嬉しくなってしまいます。

 御高齢にもかかわらず 地区の人達・子供達に 仕事のこと・昔の生活を伝え、機械では出来ない手仕事の良さを残したいと話されています。

 炭入れアイロン(左)と電気のアイロン。今でも重りとして使っているとのこと。
 勿谷石製のくけ台。重いから使いやすく 今でも現役だとか。 大漁旗。新しい感覚でのれん・タペストリーなども作られておられます。 レストランののれん。◆紅久染物店  

 万治元(1658)年創業・350年になります。元は紺屋町、今の呉服町辺りに住んでおり、戦後今の場所に引っ越しされたとの事。久平・久五郎・久次郎と「久」字の付く名が続いていたのが屋号「紅久」のいわれだそうです。古いことは戦災・震災のためハッキリせず、何代目になるのか分からないとのことです。

 最近、明治時代に取引先の呉服屋さんに配った色見本が見つかったそうです。

 紺屋町清水久平の署名。虫食いが激しく、触ることも開いてみることもはばかられます。伝統色が紹介されています。実際に布を染めてハギレを貼ったのでしょう。色の名前も記されています。まったくの手作り品。

 従来の染物のほか、パソコンを使い機械で糊置き、染色するなど新しい染物にも挑戦しておられます。

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