八丈富士の山腹に顔を出した太陽の光が、観測室の南側の窓から部屋一杯に広がるころ、壁に掛けてある大きな観測用のボンボン時計が9時11分前をボーンと告げた。私は風速電接計数器を1位・10位・100位の順に読み取り、ストップウオッチを押し、地上気象観測野帳の左上から2行目に記入した。

 日本の朝9時はグリニッヂ時間では0時で、世界各地の全ての気象観測所は同時に気象観測を行うことになっています。つぎに観測員は露場に出て百葉箱の湿球温度計感部に巻きつけてあるガーゼにスポイドで水を含ませる。温度計全体に風を送るように、ぜんまい仕掛けの送風機のハンドルで錘を巻き上げます。手を離すと錘は等速でゆっくり下がっていき、送風機が回って温度計感部へ弱い風を送り続けます。百葉箱内の温度を均一にするためです。

※グリニッヂ標準時間 イギリスのロンドングリニッヂを経度0度として。ここの時間を世界時間として使っていたが、近年はこの呼称をやめて「協定世界時」と言う。外国洋画で役者同士の時間合わせに「8ズル」・「8ゼブラ」・「8z時間」といっているが、協定世界時8時のことです。

※露場 (ろじょう) 気象観測をする屋外の施設で、周りの影響を受けず、自然に近い状態である。気圧は空気振動を受けないように、室内の隔離した部屋で観測する。

 百葉箱から離れた観測員は露場中心付近に立ち空をくまなく見渡します。雲が無ければ野帳の曇欄に全雲量0、下層雲0、中層雲0、上層雲0と記して終わりですが、低気圧や前線や気圧の谷が近づいている時は、各層に様々な形の雲が現れます。それぞれ10種類に分類されており、各層ごとの雲の形と量と高さと速さと進行方向を記録しなければなりません。雲の観測は気象技術者がもっとも苦労して身につける技術の一つです。

■快晴 雲量1以下(見上げた空を10区分して1割に雲があれば雲量1
■晴れ 雲量2から8
■曇り 雲量9以上

 大気現象の始まりと終わり時間は、四六時中観測し記録しています。例えば降水現象(雨・雪・あられ・雹など)とその種類と強度、雷は強さと発雷距離と方向を観測します。視程(見通し)は航空関係では航空機の離発着に影響するので重要です。気象電報に過去1時間以内の天気の特徴を報じなければなりません。今は雷も雨も止んでいるが、1時間以内ではどの様な経過を取ったかなどです。現在天気は100に仕分けされており、その中から該当するものを1つ選ぶのです。

 地中に本体を埋設してある貯水型雨量計の貯水壜を取り出し、雨量升で量を計ります。蒸発皿に前日午前9時に10mm相当の水をいれたものから降水量を差し引き、8mあれば2mm蒸発した事になります。これらの観測と平行して温度計・湿度計・雨量計の記録紙を取り替えます。

 地面現象は露や霜や霜柱の有無。地中10cmと20cmに温度計を入れて地中の温度を計ります。冬季は積雪観測が加わります。次は風力塔に登り風速計・風向計の点検とそれぞれの記録紙交換です。風向はかなりの幅でぶれていますので、その中心付近を読み取ります。

 観測時間が終わりに近づいて来ました。57分に乾球と湿球の2本の温度計と最高・最低温度計を読み取ります。ストップウオッチが10分を指したところで、風速電接計数器を読み取り、引き算を間違えないように、10分前に読み取った値の上の欄に記入します。差を600で割って平均風速を出します。正時には気圧計室で水銀気圧計の読み取りをして、観測室に戻ります。気圧計には温度計(付着温度計と呼んでいる)が付いており、気圧を摂氏零度の値に修正し、海面校正*します。

※海面校正 海面の高さに換算

 測定器には多かれ少なかれ誤差がありますので、あらかじめ標準原器で検定し、誤差を修正した値にします。乾球温度計と湿球温度計から湿度と露点温度を求めます。これらの計算は、予め計算表を作っておいて敏速に仕上がるようになっていますが、観測を始めて10数分経ちました。観測結果は数字に変換して30から40文字に纏め、気象庁へ打電すれば、朝9時の観測は終了です。この後は観測データの整理や原簿への記入など、仕事は山積みです。10時になると観測再開です。全国の気象観測所は場所により1日24回観測、8回観測、4回観測に分かれていました。

 打電した資料は即刻気象庁から有線と無線で全世界に放送されます。これを元に天気図を作り予報を出すのです。

 想定外の観測は地震です。僅かな動きでも感じる「感震器」が、けたたましく鳴り響くと、何はさて置いても地震計室に走り地震記象紙から、発震時間・三成分の初動方向・初期微動継続時間・最大振幅を験測して、至急報で発信します。

 さて、今までの話は私が昭和32年に八丈島にいたときの実況です。

 現在は観測機器の進歩とエレクトロニクスの進歩で、観測も電文も殆どが自動化されて毎時間の観測資料が人の手を煩わさずに出力されるようになりました。地震計は有線と無線で気象庁のコンピュータに接続されています。機械任せにする反面、設定を誤ると誤情報が出てしまう恐れは免れません。

 文中気象庁独自の用語がいくつか出てきました。

※野帳 観測の全てを記録するノート
※記象紙 地震の波動を記録している紙

 急に秋の深まる気配ですが、1ヶ月予報は前半低め、後半高め。3ヶ月予報の気温は平年より高い確率40%、10月は高い確率50%となっています。

関連記事
あわせて読みたい