「もうそろそろ‘たけふの菊人形’でないの」。そんな突然の孫の言葉に朝夕めっきり涼しくなり、青空のもと心地よく吹く風にあらためて秋の到来を再確認するのです。雨の多かった今年の夏、海遊びにふさわしい日を待っている間にあっという間の夏は終わり、あわただしさのなかで秋の到来に気付く間もなかったのです。

 9月に入った土曜日、今年最後の海遊びを満喫してきました。天気がどんなに良くても夏の日差しではありません。吹く風はぬれた体からどんどん熱を奪っていきます。本屋へ行っても「海洋探検」という仕掛け本を買ってくるほどに海への関心も深まり、マスクをつけての泳ぎも少し自信がついてきたためか、唇を紫にし、体を震わせていても海から上がろうとしないもう6歳になった孫が、まだ‘たけふの菊人形’を口にすることに思わず噴き出しそうになりました。体内時計が季節を知らせたのでしょうか。

 これまでと違って少し目覚め始めた意識は、たけふ菊人形から送られてきた会場案内で遊具の場所をたどりながら、今年は「これにのってみよう」とこれまで怖くて乗ろうとしなかった乗り物への挑戦を一人で決意しているようです。そろそろ歯も生え変わる次の成長期への移行が見られる年齢であっても、まだまだ幼児期を引きずりながら自然に次の成長期に向かっている、成長とは一気に変化するのではないことが感じられるのです。

 さて第二成長期において付け加えておかなければならないことがもう一つありました。感情が発達する7歳~14歳のこの時期は「記憶力」も集中して発達するということです。この時期には暗記科目をたくさんさせることも大切になってくるのです。その際無機的に暗記させるのではなく、生き生きとした感情をともなった指導であることは言うまでもないのです。

 感情と記憶はとても密接で、この両方を育むに適している教科が「歴史」だというのです。歴史というのは一言で言うと人類的規模での感情のいとなみの集大成、人類の夢といってもいいくらいで、ほとんどが感情なのだというのです。歴史は記憶力を育てることができると同時に、教え方次第で子どもの感情をいくらでも燃え立たせることもできるというのです。感情が発達するにつけて胸の部分、血液の循環や呼吸の器官が発達します。感情に抑圧があると幼児期でも喘息のきっかけ作りにもなって、小児喘息は感情の抑圧によって生じることがよくあるというのです。

 感情に抑圧があると青ざめますが、血液の循環が活発であれば感情生活も活発になります。もう少し大きくなると自分の感情を理屈でごまかしたりできるようになりますが、小学時代はまだ生の感情をむき出しにし、ごまかすことはしません。ですから感情教育をまともにすることができるというのです。

 小学校の歴史の授業では、百パーセント真実だと保証があるわけでもない史実や文献に忠実に従う客観的な授業よりは、むしろ歴史のなかにある何かわくわくした感情をともなうイメージが持てる授業のほうが問題になるというのです。歴史の話を感情を込めて子どもに伝えるとき、その中から子どもは本質的なものを学ぶのです。

 故郷に伝わる伝説、高須城山の城主「畑時能」にまつわる話から、実家の姓は昔は「畑」であったことも折にふれ伯母がよく語ってくれたものでした。それを裏付けるものは何もなく、家族も信じようとはしなかった話です。しかし、その真否は別として、その話は私の中でこれまでずっと生きて展開されてきました。その家の嫁である伯母へ言い伝えられた話を、私たちに語ってくれたその内容がまるっきり嘘ではなかったという証しとなるものが近年になって思いがけずも出てくることもありました。

 そのことが祇園祭に点火し、京都のお香の老舗の方で「畑時能」を先祖とする方との出会いもありました。主要な立場で祇園祭と関わられたその方の家には祖先「畑時能」の大きな御木像もお祀りしてあるということです。これまで展開されてきている世界は、畑時能の主君「新田義貞」の方の世界ではなく、その姓の由来、渡来系「秦氏」に関する世界ではあるのですが、こうしたささやかな「語り」からも生きた歴史のなかに身をおくことができたのです。

<思春期の成長>
 さて第二・七年成長期の終わる14歳前後というのはいわゆる「思春期」です。性的な器官がある程度成熟して、肉体的にも新しい成長期を迎えるのです。この時期はとても激しい時期です。いろいろな問題が内側からも外側からも押し寄せてくる、緊張をともなった時期なのです。意志、感情、思考の「思考」を育む時期でもあるのです。

・幼児期の成長 子どもの意志力を育み、内的な衝動力を発達させるよき手本となる大人の存在
・小、中学生初期の成長 感情を豊かに体験できるような教育環境を作る信頼できる(権威としての)大人の存在を通して世界を知る 
・思春期の成長 議論して納得しあえるような自由で知的な話し合いの場を提供。大人の権威は必要とされなくなり、自らの思考や判断をより所にする

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 思春期になって初めて感情体が開放され、自由に発達を遂げて外に向かうようになったとき、「抽象化された概念世界」や「判断力」や「知性の働き」を発達させるように外から働きかけることができるようになる。この時期になってこれまで学んできた事柄について自分で判断を下すことができるまでに成長したのである。

 あまりに早い時期から自主的な判断をさせようとするくらい、人間に悪い影響を与えるものはない。自分自身の中に、まず判断や比較のための材料を十分に貯えたとき、初めて人は判断を下すことができる。それ以前に自立的な判断をしようとしても、そのための基礎が欠けているのである。

 思考力を育てるには、他の人たちが考えた事柄に敬意を払う態度を身に付けなければならない。若い人は最初に学び、その後になってから判断するという習慣を身に付けなければならない。(子どもの教育ー筑摩書房より)

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(※ようやくこの時期になって働きかけることが出来ることを、現代においてはできるだけ早くからと、幼児期から判断させたり知的教育がなされたりしているのです)

(次のページへ続く)

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