ドイツの建築家の設計した幼稚園の写真と建築家ケラー氏

 しかし、その方ご自身は気づいておられないかもしれませんが、欧米的な一歩も譲らない強いストレートな自己主張をする自我とは違って、幼児期から福井という土地で育まれた “しなやかな自我、” (決して先に立つことなく、あくまで控えめでありながら、必要なところにはソフトに気配りができ、それでいて鋼のような柔軟な芯を持った自我)で 「国連」という世界の中心にあって立派に活躍されているという様子を拝見して、福井の地で子どもの育ちに関わってきた者として、なんだか誇らしい思いさえしたのです。

 折角の福井への帰省の限られたその滞在期間の多くを、福井を通して日本的なことを意識的に学ぶために当てられておられたようです。

 その一つが私たちの園での実習であり、古代日本の文献の講座への出席や高須町での収穫祭での“注連縄作り”など限られた範囲で行動を共にされたりもしました。そしてそれらを携えてアメリカに戻っていかれたのです。

 かつて私たちの園舎を新築するとき(平成2年完成)、幸運にも、日本の人智学(シュタイナーの思想に基づく思想)関係の人たちのご好意で建築に関するいろいろな講座が開催されました。その折ドイツで素晴らしい幼稚園の建築にあたった建築家を招いての講座で彫塑で草木の「葉」を自然界が形成するように、その形成者になって「一枚の葉を形成する」という課題を与えられました。そのとき出来上がった作品の受講者の その‘形成力’を洞察されて「日本人の自我はヨーロッパ人の自我に比べてとても弱い」と言われました。そのとき本当にそうだろうかとずっと思ってきたのです。

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