サツマイモが取れました。ニューヨークからメールが届いたのは10月も半ばのことでした。

 メールをくださったのは、福井市出身の昨年いずみ保育園で実習をされた方でした。ニューヨークでサツマイモ? ニューヨークの郊外に住んでおられて、その庭でお子さんとサツマイモを育てられたそうです。さすが福井出身の方だなあーとつい顔がほころんでしまいました。

 世界は本当に狭くなりましたね。メール一つで、国内はもちろん、即座にアメリカだの、ドイツだの、太平洋の島々だのと、世界のどこにでも簡単につながり合え、情報を交換し合え、そしてお互いを響かせあうことができるのですから。

 さて、子どもの育ちを考えるとき、現代を謳歌しているかに見える「自由」。子どもの育ちに与える影響はいうに及ばず、社会への影響を目の当たりにするとき、善きにつけ悪しきにつけ「自由とは…?」という問題をいま一度取り上げて考えてみなければならないようにおもいます。

 「自由」に対する捉え方も人様々です。

 一般には何ものにも邪魔されることなく、何事も自分の思いのままになることこそが自由だという捉え方が世の主流となっているのではないでしょうか。しかし、その自由は今の時代はまだ、他者への迷惑はさておき、まず自分の思いを優先させるという意味と受け取っている人が多いように思えるのです。

 ちょっと前までは、社会的にも、家庭的にも基準となる尺度があって、それに合わないときに周りから厳しく指導されたり、批判を受けたりしたものでした。しかし今日では、人々の意識は大きく変わってきており、他者に干渉することは暗黙のタブーとなってきているようで、表立って人に干渉することはほとんどなくなってきているように思われます。

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