先般書棚を整理した折、何冊かの冊子が出てきました。それは保育園で「育児についてあるいは親御さんや大人の私たちのあり方として一緒に考える配布物」として、園長によって「自灯明、法灯明」と題して書き始められ、それがずっと引き継がれて毎月保護者へ配布されていたものを『育み』と題して冊子にまとめたものでした。そこに書かれてあった一文章です。

「人間として‘生まれた’ことそのものが、物事へのとらわれから逃れることができないことなのかもしれません。ある人は物欲にとらわれ、物、物と満たされてもなおかつ物を追い求める人。ある人は金欲に。ある人は名誉欲に・・・・と、そのとらわれ方や、とらわれの強さは人様々ですがとらわれへの思いは限りがないようです。

そうしたとらわれの思いの中に‘子育て欲’というものも挙げられるのではないかと思います。昔から子を思う親の心には、変りがないとは思うのですが、今の時代の子育てを見ておりますと、子どもの数も少なく、その気になれば誰でもが何でもできるという豊かな社会になったからでもあるからでしょうか子どもへのとらわれの勢いの強さ、すさまじさにたじろぎを覚えることもしばしばです。・・・・

昔話のなかによく登場して、なじみの深い魔法使いのおばあさんは、地母神の象徴でもあるといわれております。

地母神とは、一面においては物を産み、育む力を持ち、また一面においては、すべてのものを飲み込んで食い殺してしまうという恐ろしい魔女的側面を持っているとされています。一見大変うるわしい親子関係のように思いますが、一歩突っ込んで考えて見ますと、そこには我が子へのとらわれが強く働いていてその子への人間性の尊重どころか、その子をも飲み込みかねない状況なのです。

また親への戒めとしての次のようなお釈迦様のたとえばなし(仏教百話―増谷文雄―筑摩書房)もあるのです。

たくさんの子を持つという「鬼子母神」は多くの人の子をとって食うという。それを見られたおしゃか様は「鬼子母神」の最愛の末子を鉢で覆い隠して、子をとられた親の悲しみ、苦しみを味あわせ、その行いをいさめ、悟らせたとい
う。・・・・・・
―昭和62年「育み」より―

20年ぐらい前の文章ですが、今この文章を読むと根っこのところは人間ですからそれほどの変化はないように思えますが、親御さんの子どもへのかかわり方の意識や世の意識の流れが少しずつ変わってきているなあと思われました。

そういえばまだ高度成長期にある時代だったからでしょうか時代に乗じての親御さんたちの子を思うおもいの勢いのすさまじさが思い出されてくるのです。

10人いれば10人、園に対するその要望が違っていました。

学校教育に遅れないための学習指導への要望。数や文字の指導を筆頭に、楽器の指導、泳ぎの指導、コンクールに入賞するような絵の指導への要望。学校の通知表渡しが終わると血相を変えてその足ですぐに保育園へ直行、そんな親御さんもおられたものでした。

給食内容に対してはその頃には栄養価の高いものを多く、特に三種の神器ともいわれた肉、卵、牛乳をなるべく多く、量的にも多くを食べさせてほしいという要望。そうした要望は尽きることがなかったのです。

当時は毎年夏になれば園長の自坊において檀家の人を対象とした昼食を供する最大の行事「お施餓鬼」に加え、求道の精神に燃えた園長の指揮のもと、年長児のお泊り保育、村の小学生を対象とした合宿での食事を伴う行事が、十余年にわたって自坊で行なわれておりました。

保護者の人がその食事のお手伝いをしてくださっていたのですが、こうしたなかにも当時の親の子に対する思いのあり方がもろに映し出されていたものでした。

できるだけ多くを子どもに与えたい、与えることがよいことだという当時の親御さんたちの思いはそうしたおもいを抑えることができなかったのでしょう。お泊り保育での食事の献立の材料として調理師が既にきちんと準備しておいたにもかかわらず、その献立内容では満足できなかったのか、さらに食材を追加しに園の仕入先の店に買いに走らないではいられない保護者の人たち。村の合宿では子どもたちが合宿という勢いで競って十何個といって食べるおにぎりに、ひもじい思いをさせてはならないと更にお米を追加し、ご飯を焚いておにぎりを握る親御さんなどなど。いろいろあったものです。