高層気象観測は、水素ガスを詰めた気球に観測器と送信機を付けて飛ばす方式は現在も続いていますが、1948年には「D44型最大感度式方向探知機」(※)により定期的にデータが取得できるようになりました。

1950年には「D49E型等感度式方向探知機」(※)と改良されました。観測者は天候の良し悪しにかかわらず屋外で機械を操作する方式でしたが、「D55A型自動追跡記録型方向探知機」(※)からは屋内で観測できるようになりました。

受信装置の改良は進み1972年には「D55B2型自動追跡記録型方向探知機」(※)、1992年にはパラポラアンテナの前面に5個のアンテナエレメントを配置し、追跡精度を向上させた「JMA-91型高層気象観測装置」が導入されて2009年まで使用されました。

観測は当初4人一組で行われていましたが、2003年から順次GPSゾンデ観測(※)に移行し、無人で放球して観測するまでになりました。

高層気象台は1920年に茨城県つくば市に設置されて観測を始めましたが、現在は北海道稚内、南は石垣島、離島は南鳥島・父島・南大東島で全国16カ所。南極の昭和基地でも観測しています。

GPSゾンデは上空で気球が破裂した後はパラシュートでゆっくりと落下します。2008年の夏に奇跡的なことがありました。

北日本新聞に掲載されましたが、輪島測候所に勤務した事のある南砺市の友人宅の屋根に、輪島から放球したゾンデが落下しました。信じがたいことなので、当日のデータで航跡図(※)を描いてみました。

輪島から放たれた気球は能登半島をほぼ南東に流され富山湾から西に向きを変えて七尾市上空約3万5千メートルで気球は破裂して、パラシュートで日本海へ出た後再び南東に向きを変えて宝達山上空を経由して南砺市に達したのでした。

※D44型最大感度式方向探知機
5素子の八木アンテナ一本と受信機が一体となっており、手動操作で最大感度を追尾する方式。1948年から1952年まで使用しました。

※D49E型等感度式方向探知機
D49E型は4本のアンテナで方位角と高度角を同時に読み取ることが出来る。1950年から1957年まで使用しました。

※D55A型自動追跡記録型方向探知機 
1954年に米軍の自動追跡記録型方向探知機を譲りうけて、これをモデルに、パラポラアンテナ型の受信方式になりました。当時の中央気象台は在日米軍の気象隊と密接な関係にあり、気象官署間の電鍵でのモールス通信から、テレタイプ通信への変更も米軍の機器を改良したものです。

※D55B2型自動追跡記録型方向探知機
A型と基本性能は同じですが電子部品を真空管からトランジスタやICに変更しました。

※GPSゾンデ
自動気球放球装置で、水から水素ガスを作り(酸素ガスは大気中に放出)、8時30分と21時30分に観測装置と送信器がセットされた気球に水素を充填し放球します。カーナビゲ―ションと同じで、GPS衛星を使って基地局に位置を知らせ、同時に観測データを送ります。20日ごとに機材の補充と機器の点検の為に担当者が赴きます。

※航跡図
気球の移動を二次元で描いたもの

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