長いとおもった夏休みも終わり、残暑厳しいなかにもすっかり秋の気配が漂う季節となりました。しきりに叫ばれていた節電も、この暑い夏の日々には、どんなに大変なことだったことかとおもいます。皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか?

最近の日本の暑さは、これまで時折訪れていた北緯6,7度の熱帯地方にある南の島とあまり変わらないのではないかとさえ思えるようになりました。最初の頃は、飛行機を降り立ったとき、息苦しさを覚えるくらいのむっとした暑さに、さすが南国と思ったものでした。しかし近年では日本の夏より向こうの方がずっと過ごしやすいのでは・・・と。といっても最近はあまり行っていないのですが。きっとスコールがあるせいかもしれません。

幸いなことといってよいのでしょうか、私はこれまでずっとクーラーの生活をしたことがないのです。クーラーの無いのが当たり前の生活で生きてきた人間ですので、あまり暑さにおいてはそれほど不自由を感ずること無く毎夏を過ごしてきております。北、南と風が通るように窓を開けてもらっていることもあるのでしょうが、夜などは、北、北東から入ってくる風だけでも明け方には薄めの布団を掛けないと寒さを感じる日が多いのです。

◆“百笑の郷 いちの谷”

ずっと以前から、体の体調を整えるための、半断食を体験したいとおもっておりました。

整体を指導されている知人からいつも送っていただいている数多くの情報。うっかりすると時間的に目を通すことができなかったり、見過ごしてしまいがちだったりする情報のなかに「半断食」に目が留まりました。申し込み期限もかなり過ぎていたのではないかと思います。だめもとで申し込みをさせていただいたのです。そして「加藤さんが最後のお一人です」といって受諾されたのです。

長い間の念願がかなって、わざわざ遠くまで出かけなくても加賀の‘市の谷’という近くで、しかもリマ・クッキングスクール(マクロビオテック)の校長・松本光司先生という確かな先生の指導の元、半断食スクールを受講することができました。

会場は、加賀市山中温泉市谷町にて林昌則、あけみさんご夫妻が“百笑の里 いちの谷”と名づけられ、ヨガ教室を始め、子どもを対象とした自然体験合宿やいろいろな活動を行っておられるところです。保育園の子を連れて何度か行ったことがある石川県の県民の森近くだというのです。

3泊4日という私にとっては長丁場の日程でしたが無事終えることができ、その効力を改めて実感したのです。そのとき、あまりの自然やスタッフの方々の素晴らしさに再度孫たちをつれて是非訪れたいと思ったのです。またそこに参加された方々も食について、体について、それぞれその道においての達人という立場にある方々が多く、またの再会を楽しみにしたい方々ばかりでした。

‘いちの谷通信’ の活動予定の中に「被災地の子たちの受け入れ企画」として ‘福島kid’s キャンプ in いちの谷 7月28日~8月18日’が、その後日に予定されていることも知りました。

今回の大震災によって被害にあわれている方々に対していつか機会があって、私にでもなにかお手伝いすることがあればとおもってきていたのです。ですからその日にあわせてまた孫たちとぜひ寄せていただくことをお願いしておいたのです。

◆被災地に住まれる方々との出会い

こうしてその半断食がご縁となって、福島から来られていたお子さんや、千葉からの親子の方々にもお会いでき、わずかですが直接お話をお聞きすることができたのです。

講師の先生がまるで‘ブータン’にでもいるようだと言われたというように、本当に自然な環境のなかにあって訪れる誰もがまるで実家のようにいざなわれる雰囲気を持った“百笑の里 いちの谷”。建物の横には川遊びにはもってこいの川が流れ、時折講義を受ける私たちに網戸越しに人懐っこくも代わる代わる顔を覗かせる何匹かのヤギや馬。馬は「ここはこの馬にとってきっと住み心地がいい」と言って誰かが置いていったとのことです。

そして広い敷地を走り回って自由に虫をついばむ数羽の鶏たち。伺った日は、竹ドーム作りが予定されていたのですが、小学も高学年のパワーに満ちあふれた福島の男の子達は、川遊び、それも川での飛び込みがしたくてそれどころではなく、担当されている方にしきりと飛び込みをさせてほしいとねだっていました。よくお聞きしてみると、福島に戻らなければならない日も2,3日後に迫っているとのことです。そして、彼らの願いは、これまでのように自然が当たり前に与えられているなかでの子どもがねだる駄々っ子的願いではないのです。福島に戻れば、このように伸びやかに自然の中で遊ぶことは許されない、今ここでしかできない「期限限定」の子どもとして当たり前の願いを必死に訴えているのだということに気付いたとき、その彼らの思いが痛いほどに伝わって胸が詰まる思いでした。“これはなんとしても聞いてあげなくてはならないことだ”というおもいで彼らの必死の訴えを聞いていました。

予定されていた竹ドームも完成し、早速皆で飛び込みに出かけました。こんな石のごろごろした、たとえ川遊びには適した川でも、一体どこにそんな飛び込みのできるところがあるというのでしょうか。みんなの飛び込みの様子もできたら見たいとおもいました。幸いその飛び込み場所は、帰り道の途中にあるというので急いで帰りの車を走らせました。すると皆で橋の上から飛び込みをしているのが目に入ってきました。

車が走る道に架けられた小さなコンクリート?の橋から飛び込んでいるのです。大人も子どもも女の人も飛び込みをしています。上から見るとかなりの高さがあって、こんなところから飛び込んで深さ的に大丈夫?とおもわずにはいられないところです。かなり勇気と技術を要するのでは?・・・ そしてわかりました。だからこそ、ここでの飛込みがしたかったのだということが。

そこでの光景は何十年も前、私たちがまだ子どもだった頃、妹だった私はいつも連れて行ってもらえなかった兄たち男の子たちだけの世界で共有していたスリルに満ちた、とびっきり楽しい田舎の特定の場所での遊びを彷彿とさせました。

普通であれば危ないといって、こうした遊びは自分の子に対してもなかなかさせないのが今日の大人です。しかし、こうした遊びを許容するということは、林さんたち引き受けられた方がこうした子どもの世界を十分に理解し、この豊かな自然のなかで何を体験させるべきかを十分に心得ておられる方であることが拝察されました。きっとご自身も子どもの頃にこのような体験を十分にされ、その楽しさを熟知しておられるのではないかと思われました。

子どもたちを遠く福島から相乗りで迎えにこられたというお母さんたちにもお会いできました。子どもたちはお母さんたちにも、もう少し帰りを延ばしたいとしきりにまたねだっています。ちょうどその日は別のところに福島からこられているという子どもたちやその親の立場で福島から付き添ってこられた方や地元のボランティアの方々が‘市の谷’で合流した日でもあり、その子たちは18日まで滞在できるというのです。しかし、市の谷に滞在した子たちはお母さんの都合だったのでしょうか15日には帰らなくてはならず、できたら18日までいたいというのです。

ここに参加するために、お母さんたちはネットなどを駆使してあらゆる情報を探してやっと子どもたちのために、この‘市の谷’の情報を得て子どもたちを連れてきたというのです。

そして折角迎えに来たと思えば、同じところから来ていながら別のグループは滞在日数が異なるのです。そこを子どもたちがしきりに迎えに着たお母さんにもう少しいたいとねだっているのです。子どもたちは少しでも長く思う存分遊べるこの‘市の谷’にいたいのです。

別のところに滞在した別のグループの子どもたちに付き添いで来られていたお母さんは行政から手配されたバスで帰宅するというのです。ですから市の谷に滞在した子達も一緒にそのバスで帰れることをそこの行政の方にお願いしたのだそうです。しかし、その願いは通らなかったというのです。お母さんたちはその会話の内容から既にお互いに連絡しあい、通じ合った方たちのようにお見受けいたしました。