9月に入っての今年の残暑は暑い夏にましても厳しいものでした。あまりの暑さに、大根を蒔く時期が気になりながらも、畑に出る気になれず、ようやく畑仕事を始めることができたのは台風12号が去って、急に涼しさが増してからでした。

夏野菜を採るために踏み固められてしまっている畑起こしは、これまで毎年耕運機で耕してもらっていたのです。しかし、まだ伸び放題の畑の草のままでは耕すにも耕せず、耕してもらう時期を逸していました。自分で耕さなければならなくなったのです。

うーんどうしょう。困ったことだ。親子教室や自家用として作ってきている50坪あまりの畑を1人で耕すにはとてもでないが体力がない。突き放されて初めて窮地に立たされたおもいでした。
   
経済が優先となる社会にあって、安心して食べられるものが少ない今の時代、育ち盛りの孫たちには、せめて野菜だけでもできるだけ自然で安心なものを食べさせたい。畑で育つ野菜を見ながら‘野菜は畑で育つもの’ということがあたりまえのこととして受け止められるようになってほしい。自然の良い土で育った、素性がはっきりしている秋蒔き野菜のおいしさも体で覚えてほしい。冬野菜のおいしいこれからの季節、いちいち大根を買わなければならない生活は考えられない・・・などなどの思いが巡る。

これはやるしかない! そう思って畑に立ったとき、子どもの頃家族で畑仕事に精を出したことが思い出されました。

◆生活の原点となる体験

誰からも助かったのが不思議と言われる、空から海からの襲撃のなかを命からがら母はまだ乳飲み子だった私を抱いて引き上げてきたのです。そうした私たち親子を伯母夫婦が引き取ってくれたのです。儀伯父亡き後、それまではあまり畑仕事をすることはなかった伯母は、他の人におろしていた農地を戻してもらって、子どもたちにひもじい思いをさせまいといろいろなものを畑で作ってくれたのです。

ジャガイモ、サツマイモ。(砂地でできたこれらの芋を堀ってすぐふかして塩をかけただけでもほくほくしたあのおいしさは格別で未だに類を見ないくらいです)粟、キビ(これで搗いた餅を大人は好んで食べていたようでしたが当時まだ子どもだった私には好んで食べるほどではありませんでした)ナス、きゅうり(よく裏庭の畑になっているのをもいでそのまま海に走り友達と泳ぎながら海水につけて食べたものでした)などなど。

親ではない伯母が女手だけで私たちを育てるためにこんなに一生懸命になってくれているそんな思いをまだ小学の子どもながらにもしっかりと感じ取っていたのです。伯母や母たちにはあまり手伝いを強要されたことがないながら、少しでも多くを、少しでも長くに手伝わなければという思いで、畑仕事などを一生懸命に手伝ったものでした。野山での伯母の手伝いは、すべて体を使っての仕事で、子どもながらにそのすべてを見通すことができるシンプルなことばかりでした。

「子どもの時代は遊具をはじめとして子どもに与えるものはなるべくその仕組みが見通せるシンプルなものであること。仕組みが見通せない複雑なものは子どもの時代には与えない」。このことが今新たに心のうちに甦って響いてきました。これはシュタイー教育においての子どもの身の回りに置く遊具や遊びなどの活動においての大原則なのです

畑は鍬で耕すのです。砂地の畑地でしたので鍬で十分に耕せました。鍬で耕せなければスコップで掘り起こせばいいのです。自分の体力に合わせてほんの一列ずつでも。その掘り起こせたところに種を蒔けば、今ならまだかろうじて大根には間に合う。

そうだ! 「原点」に戻ればいいのだ。“私には戻ることのできる生活の原点としての体験を十分させてもらっている!”今、そのことに気付いたのです。そうした生活の原点となる子ども時代の体験がネガティブなおもいを一気に吹き飛ばしてくれました。そして畑を起こす気力さえおこってきたのです。こうした子ども時代の体験が保育園での30年くらい前から取り組んできている畑作りにつながっているのです。

◆子どもの育ちにとっての同居家族の意味

今ではちょっと前のことになりますのでご存知のない方もおられるかもしれませんが、教育評論家として活躍されていた阿部進氏が言っておられたことだったとおもいます。

「子どもはなるべく大勢の家族の中で育つことが望ましい。なぜなら、大勢の家族の中で育った子は、子どもが何か問題にぶつかったとしても、大勢の家族のそれぞれの生き方、考え方を見て育っているので、生き方、考え方においていくつもの選択肢を持つことができ、あまり人生に行き詰まりを感じなくてもすむ」というのです。当時は安易に自殺に走る子どもが多く、大きな社会問題となっていたからだったとおもいます。

大家族で、親御さんはお勤めなのでおじいちゃんおばあちゃんが保育園の送り迎えをされ、「自分の子から数えると○○年間保育園に通わせていただいてきたのですよ」とよくいろいろな方から言われたものでした。その労を思うとき本当に頭の下がる思いがいたします。

仲のよい家族というものは外から見ていてもとても気持ちのよいものです。そうした家族の中で育つお子さんは、保育園側から見ていてもほのぼのと心温まるものが感じられたものです。大家族の愛情をたっぷり受けて育たれたお子さんは、やさしくて、どこかおおような、ほっこりとした温かさがあります。お母さん自身も大勢の家族の中でその人柄が磨かれてか、他者への配慮が自然になされ、いつも気持ちよくお付き合いさせていただいたものでした。今でもときたまばったりとお会いしたときなど成長されたお子さんのこと、おじいちゃんおばあちゃんのこと心温まる思いでお話を聞かせていただくことが多いのです。

今回の東日本大震災で大変な災害に見舞われ家族が散りぢりになってしまわれた地方においては、今日においてもなおたくさんの方々が同居されていたご家族だったようですね。

お孫さんがおばあちゃんを、娘さんが親御さんを、ご家族が娘さんを、息子さんを・・・と、それぞれの家族において家族のそれぞれを思う思いがテレビを通じてではありますが十分に伝わってきました。

今回の大震災の1年ほども前だったとおもうのですが、百歳のおばあさんを筆頭に5世帯同居で仲良く住んでおられる大家族がテレビで放映されました。そこでは今の時代には消えようとしている家族に対するそれぞれの思いやりやつながりが強く感じられ、そうした中で育つ子どもの育ちについていろいろなことを考えさせられた番組でした。