◆風薫る青葉若葉の季節

‘つくしを採りに行きたい!’ 娘が思い出したように突然言う。そうだ!もうつくしの季節だったのだ。近くの川の堤防は山菜の宝庫です。でもその日はあいにく行けなかったので、後日、例年つくしを採りに行くところに孫と行ってみた。

しかし、いくら探してもつくしはどこにも見当たらない。辺り一面すっかり伸びたスギナの原である。あれ?もうそんな季節? つくしはもう終わってしまっていたの。つくしの季節っていつだったっけ? 思わず自問する。

それならほかの野草たちは…。つくしをあきらめて、場所を変えて野ぶきや、よめな、セリを探しに行く。

ある、ある、ある。草の中に沢山のよめなが。伸びた草の中にあって、よめなの茎も充分に伸びていて、しかも、とても柔らかそうでちょうど摘み頃である。

孫たちは、季節のごはんものの一つとして、温かいご飯に、ゆがいて細かく切ったよめなと、さっと炒った上乾シラスを混ぜた塩味のよめなご飯が大好きです(半ずり白煎りごまを混ぜても)。

よめなは小学生の頃からよく一人で摘みに行ったものでした。今でもそうですが、その頃も周りにはよめなを摘む人はあまりいませんでした。誰に教えてもらったのでしょう。多分母の影響だったのかもしれません。摘んできたよめなは必ず家の者が切干大根を混ぜておひたしにして食べさせてくれたものです。

ですから、どんなところに生えている、どんなよめながおいしいのかは子どもの頃からの長い経験でよく知っているのです。日向に生えているものはゆがみが強く舌触りもあまりよくないのですが、幾分日影で育ったよめなは口当たりも柔らかくゆがみも少なくおいしいのです。ですから、こんなに茎が長く伸びていて、しかもやわらかそうなよめなの群生に出会うと、この年になってもおもわずわくわくしてしまうのです。

筍掘りについてもメールがありました。端午の節句の季節になると今はどこでも立派な、こいのぼりがはためく時代になりました。しかし、こいのぼりの起源をずっとさかのぼっていくと、竹竿の先にヨモギや、ショウブなどの草花をさして軒先に高く掲げたのだというのです。そして、それは薬草や草花を摘んで掲げて邪気を払うという行事にもつながっていくのだというのです。

何で見たのでしょう。その光景が目に浮かんでくるのです。本だったようにも思えます。あるいは、故姫田忠義監督による民俗映画の作品の1シーンだったのかもしれません。おぼろげなその記憶を頼りながら早速手元にある本を探してみました。

ありました。『故郷の景観 越前・若狭の祀り譜』(吉川弘明 著 株式会社スカイ)、『あどうがたり 若狭と越前の民族世界』(金田久璋 福井新聞社)などの本によると、福井市や若狭の各地に伝わるという天道花(てんとうばな)や美山河内のじじぐれ祭りなど。発祥の源は同じではないかと思われながらも、いろいろな所で、いろいろな伝承行事として伝えられているようです。

美山河内のじじぐれ祭りは、ずっと昔、「木と建築の会」として、河内赤かぶらの焼き畑に参加していた頃に、確か神社の拝殿にあたるところでだったと思うのですが、実際にその神輿を作っている場に二度ほど居合わせさせていただいているのです。早朝に深い山に入って、切ってきたというブナやシデの枝葉からは、生気に満ちた深い森に住むという精霊たちの気配がまるでそのまま伝わってくるようなみずみずしい神聖な雰囲気がその場に漂っていたのを記憶しているのです。ご神体でもあるという中心にさされた地元の人にはショウブと呼ばれているシャガや木蓮の花々を奪い合う様子も思い起こされてきました。

シュタイナーの人智学的世界観によれば、こうした各地に伝えられている伝承行事の発祥した時代の人々の意識は今の時代の人とは違っていたというのです。現代の私たちの意識の在りように、全く夢を見ない深い眠りの状態の意識、夢を見ている眠りの状態の意識、そして完全に目覚めている明るい意識があるように、長い人間の進化においてのその意識の在りようにも、完全に目覚めた意識である現在の私たちの時代や、夢を見ている状態の意識であった時代、全く暗く深い眠りに匹敵するような意識の時代があったというのです。

一人ひとりの人間にはまだ降りてきていなかったという古代人の自我やアストラル体は、現代の人の自我やアストラル体ほどに肉体やエーテル体の拘束を受けてはおらず、身体から自由に、離脱しやすい状態で存在していたというのです。

ですから、感覚ではとらえられない霊界の死者や、神々の霊的認識に対する直接的な意識をまだ持っていて、啓示も受けやすかったというのです。しかし、時代が下るにつれ、人間の意識が目覚めてくると、そうした感覚でとらえられる世界を超えた霊的世界に対する認識は次第に暗くなってきたというのです。ですから、なぜそのような行事が伝承されてきているのか、その意味を解明しようとすると、意識がまだ暗かった時代にまでさかのぼって考察しなければならないので、今日の私たちのような明るい目覚めた意識においては、そう容易なことではなくなってきているともいわれているのです。

これは伝承行事だけではなく叡智の源泉からくみ出されてきている神話や童話についてもいえることだというのです。

シュタイナーは、童話で表現されるイメージは日常的な意識では把握できぬくらい深く、魂の本質の秘密を語っている、と考えているというのです。そういう叡智について今の人間には語ろうとしても語れないという。太古の人間の本能的な叡智がヴィジョンとして、夢として見たからこそ、童話の中でそれが表現できたのだというのです。

まだ夢の意識の世界にあって超感覚的能力が備わっていると言われている幼児期の子どもは、太古の人や、深い眠りの時代の人間の意識に匹敵し、そうした状況にあるからこそ、魂の源泉からくみ出されてきている昔話や童話の世界に通じていて、だからこうした子どもたちに根源的なお話を繰り返し語ってあげることはとても重要で、必要なことだといわれているのです。(『シュタイナー教育の方法-第五章 童話とファンタジーの力 』 角川選書)

◆誕生へ至る道

さて、『シュタイナーの死者の書』(ルドルフ・シュタイナー著 ちくま学芸文庫)によって、さらに誕生に至るまでの道へと進めて行きたいと思います。

本書訳者あとがきによると、本書には1914年4月にウイーンで行われた連続講義が収められていて、特に第二部―人間の内的本性と死から新しい誕生までの生活―は、人智学協会員だけに非公開で行われた連続講義であったということです。シュタイナーはその中でも死後の世界について語ることに対して次のように述べています。

「この世の観点から、死者の魂の内面を具体的に述べることは、非常に困難です。なぜならこの内的経過は非常に重要な、非常に包括的な内容を持っているからです。…さて、現代人にとってあまりに途方もないことなので、今でもまだ公開の席ではお話しできないのですが、死後初めて魂が体験することについて、今日は具体的にお話するつもりです。」

そして、その表現法についても、こうした感性界の外で体験される死後の魂の内的体験を、私たちの生活で外界を体験する感覚体験の世界を表現するために作られている言葉で表現するのは言葉の通じえない種類の体験内容なのでとても難しいことだと。しかし、敢えてその日常用いられている言語表現で非常に不器用な言葉ながら表現させていただくのだというのです。

死後最初の体験として、思い出のタブローといわれている誕生から死に至るまでに人間が体験してきたすべてについての広大な記憶像が死者の眼前に広がり、記憶の中に閉じ込められたさまざまの思考内容がいわばすべて解放されるというのです。

生前は記憶力に変化させられていた魂の中で発達していく力があるというのです。数日後になると、思い出のタブローも色あせ、次第に消えていくと、その薄闇の中から、生前の私たち日常生活の中では、意識できなかったものが現れてくるという。生前に私たちがそれを意識化したならば、私たちの中に思い出すことのできる力を形成することは決してできなかったという。魂の中で発達していく力は、生前は記憶力に変化させられていたのだという。死ぬまではこの力が思い出す能力として働いていて、生前の思考内容を思い出す可能性が消えてしまうことによって、表に現れてくるのだというのです。生前の記憶力が霊的な物に転化されるのだというのです。

それは生まれた子どもにおいて、最初の数週間に目覚める魂の力に対応していて、この世での思考内容の背後に、本来生命存在が潜んでいること、思想世界の中に生命のいとなみが存在していることがわかるというのです。それは四大霊(地、水、火、風の精霊、広くエーテル界で働く生命存在のことを言う)の集まりであり、広がりであったというのです。私たちの思い出が消えていくと、その代わりに普遍的な叡智の宇宙から無数の四大霊が目覚めるというのです。記憶内容という思考内容が単なる思い出にすぎないかのようであっても本当は全然別のものであることを、死後の私たちは知るのだというのです。記憶内容は本来、単なる記憶内容とは全然違うもので、私たちの肉体から離れるとこの記憶内容のすべては生き物となって現われ、そこに生存するようになるというのです。どの思考内容も生きた四大霊なのだというのです。今、私たちは悟ります。―「生前お前は思考を働かせ、思考内容をお前の中に生じさせた。しかしお前がそのようにして妄想にふけり、思考内容を作り出していたとき、お前はひたすら四大霊を生み出していたのだ。それは全宇宙に対してお前が付加した何かなのだ。お前によって霊の中へ産み落とされたものが、今ここにこうして生存している。それはお前の思考内容の真実の姿なのだ」。

霊界に誕生した人は自分で産んだ環境の中に存在し始めます。私たちが世界を生んだのです。一方物質界に生まれてくるときには、世界から私たちが生み出されたのです。

私たちは地上界に誕生と共に持ち込んだものよりももっと豊かなものを、死によって霊界に持ち込むのだというのです。そして、生前の生活のこの果実が思い出のタブローの中から遠ざかり、そして去っていくように、時の未来の中へ消えてしまうのを感じ取るのだという。

私たちが非常な高齢に達した時にも、もっと楽しみ、もっと苦しみ、もっと意志を発揮することができたら、と思いながら死を迎えることで、この世の生活は、人間が受け取りうるすべてを、決して経験させてはくれないのだという。しかし、死後魂の中に残っているこの思いは克服されなければならないのだという。それが完全に克服されない限り、私たちは、その欲望によって、生前の生活と結びついたままでいるのだという。

他の人間に対する欲望、願望、愛がいっぱいのこされたままになっていて生前に満足させられなかった事柄に対して、死者たちは霊的に渇望しながら、回顧し続けるという。そしてそれは、数年間も続くというのです。生前の地上生活から抜け出るための(地上生活との腐れ縁から抜け出す)その数年間は身体を有機的形成力で成長させるのに必要な4、5歳から20代までの時間であるというのです。

死者の内部で魂の力はますます発達していき創造的な魂の力となって、環境の中へ光を放射し、霊的な事象や霊的な存在たちを照らし出して、それらを見えるようにするという。それは、朝、日の出と共に暗闇の中から対象が見えてくるように、この内的照明力によって霊的対象や霊的存在たちが見えてくるというのです。

しかし、魂はいつでも自分の霊的な照明力、創造力を環境に放射するだけではなく、魂は内的に鈍くなり、もはや光を放射できず、その全存在を内に向け、全く孤独な生活を体験する照明力が放射できないように感じられる状態と交替するというのです。この世の日常活において、眠りと目覚めが交替するように外界へ流れ出る生活と内的な孤独の生活とを交互に繰り返すというのです。

そしてついには自分の照明光を放射させるべき時にも目覚めることができなくなる「死から新しい誕生までの霊的生存の真夜中」とシュタイナーが名付けたという時期に到るというのです。

『自己教育への処方箋』(高橋巌著 角川書店)の第五章 人生をとらえなおす 死者の意識)には、ここに書かれている内容に対して、さらによりわかりやすく解説されています。『シュタイナーの 死者の書』などもどうぞ参照して下さい。

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