私は小学校6年まで中国遼寧省遼東半島の大連にいました。一年生の時太平洋戦争が始まり、5年生の時終戦となり、その後1年余り残留させられて6年生卒業間際に福井県に引き揚げてきました。

大連の春は日本と同じく桜が咲くよい季節なのですが、時々蒙古風が吹きます。「蒙古風」と現地では言っていましたが、正式な気象用語は「黄砂」又は「砂塵嵐」です。中国東北部は終戦の昭和20年までは「満州」と呼ばれていました。

大連は南満州鉄道(満鉄)の始発駅で、黄海と渤海湾に囲まれ海は近いのですが気候は大陸性です。冬は降水量が少なく、1月から4月までの4か月間の降水量平年値は僅かに52mmです(福井の同時期は739mm)。当地に「春の雨は油の如し」という諺があり、春は農耕の季節です。雨はいかに貴重であるかが納得できます。

「蒙古風」に戻ります。中国内陸モンゴル(蒙古)などの乾燥地帯で低気圧が発達すると砂塵が巻きあがり微小なものは成層圏まで上がり、偏西風で遠くまで運ばれます。日本付近に落下する黄砂は極めて微小ですが、大連での蒙古風は視界が極端に悪くなり、口を手で覆い、薄眼で歩かなければなりませんでした。日本に飛来するよりも粒子は大きく路肩には薄っすらと積ります。風が吹くと再び舞い上がりますので、散水車が処理していました。寒冷地なので住宅は二重窓ですが微小の砂が屋内に吹き込み、箒ではかたづかないので雑巾でふき取っていました。

気象観測指針には「黄砂は主として大陸の黄土地帯で吹き上げられた多量の砂じんが空中に飛揚し、天空一面を覆い、徐々に降下する現象」とあります。黄砂は屋外の車の屋根などにうっすらと微小な砂の有無で判別できます。気象台では黄砂を降雨や発雷と同じように始終の時間を記録しています。

第1表は福井で過去10年間の黄砂を観測した日数です。黄砂のない年もありますが、過去10年間で4月は11回、5月は15回観測されています。

4月の降水量は嶺北で多く嶺南では少なくなりました。気温は全県で平年並より高くなりました。日照時間は全県で多くなりました。降雪量は無く、最深積雪は九頭竜で24cmでしたが6日にはなくなりました。

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