昨年は誰もが予想だにしなかった東日本大震災。それに伴う原発事故。そして広範囲にわたる放射性物質による汚染。この災害の意味するところを私たちは深く胸に刻み、日本といわず世界が今大きく転換することを迫られているように思われます。

天からの「命」は突然の一本の電話によって降りてくる。これまでの私の人生においてそのように思われることが何度かありました。

昨年の春頃だったと思います。浄土宗保育協会において「浄土宗保育指針」についての会合が開かれることとなり、その会合に関わるようにという「命」(浄土宗という寺の中にあっても浄土宗と私との直接の関わりというものはないので、あまりに突然のことでしたので)をいただいたのも突然の1本の電話からだったのでした。

その第2回の会合は東京の増上寺で行われることになり久々の楽しみな上京です。その旨知人にメールしたところ知人は「胎生学」の講座を受講することになっているので一緒にその講座を受講しませんかと、講座の紹介とその詳細が添付されたメールが送られてきたのです。

今さら…「胎生学」。これまで何度か「胎生学」について学ばせていただいてきました。日頃から何かと外出がおっくうになりがちな私には、ついでに講座参加となればせっかくの上京に、おっくうさが加わってしまうことは確実です。しかも会場は東京女子医科大学というこれまで全くご縁もなく、行ったこともないところです。

しかし、今回はお医者さんをはじめとする医療にたずさわる人を対象にした研修です。が、人にどう向き合うかという「治療」という意味においては立場を同じくし、これからは医療と教育は共に手を携えて進むべきという観点から広く教育関係の人も受け入れたいということです。講師はドイツの産婦人科医で、産婦人科医による医学の面からの「胎生学」の講座は日本においては初めてだというのです。

奇しくもその研修はその会合の前日までの3日~6日となっておりますので少し早めに上京すればよいのです。折角の上京、皆さんにも是非お会いしたい。その思いが受講を最終的に決意させたのです。

これまでの長い時間をいただいて子どもの育ちや、その育ちに関わる親御さんを初めとする人的環境について、そのありようのバイオグラフィーについて、そして子どもをとりまく物的環境について、及びその意味など子どもの育ちに関わるうえでの概要的なものをご一緒に考えさせていただいてきました。

そしてこの「胎生学」の講座受講がさらにその歩を早めることを促しているように思われますので、先を急いで“健やかな子どもの育ちに”ついての具体的な方法やかかわり方についてみていきたいと思います。先回から取り上げております“子どもの育ちへの社会的な援助活動や支援活動”については“健やかな子どもの育ちに”ついての具体的な方法やかかわり方についてみていくなかでこれからも折に触れて取り上げていきたいと思います。

 ここからは、皆さんからのご質問をいただきながらご一緒に進めていくのがよいようにも思われますが、ここでは私の身近で見聞きしたことのなかで共通性のあることをできるだけ取り上げながらご一緒に考えていきたいと思います。

一般には「子育て」という言葉が何気なくよく使われておりますが、大人が大人の思いのままに子どもを「育てる」という意味においてではなく、あくまでも「子どもの本来の育ち.」に大人がどう関わるかという意味において「子育ち」と「子育て」のその意味をきちんと意識しながら考えていきたいと思っております。

これから子どもをこの世に迎え入れようとされている方々にとって必要なことから考えていきたいと思います。(まだ結婚していないがこれから将来において、または近々お子さんの誕生を迎える方など広い意味での方々を含めています)

子どもの誕生を迎えるに当たって、迎える側としてはいろいろな準備が必要となってくると思います。それには精神的な面における準備と物質的な面においての準備があるとおもいます。

親の虐待などによって子どもの命があまりにも粗末に扱われる昨今の現実社会においては、親になる免許証が必要だと言った人がいるそうですが、その気持ちも理解できるようにおもわれます。

ずっと以前、治療教育での「胎生学」の講座のなかで受胎から出産直前までの胎児を彫塑で形作るという作業を通して学ばせていただいたときから、「命の誕生を迎える」ということはどういうことかについて、その心構えを親になる前に誰もがしっかりと学ぶ機会が与えられることの必要性を痛切に感じてきているのです。

これまで誰もの心に潜む「悪(エゴイズム)」の力についても簡単に触れてきました。個々人はもちろんのこと、人間に潜むその悪の力のすさまじさの一面をまざまざと見せ付けられ、体験させられながらもそれでもなおひるまぬ悪への執着の強さを、今これからの在りようをいろいろと模索している日本においても間近で見聞きしているところではないでしょうか。

そんな中で、浄土宗保育指針に関する第1回会合において学ばせていただいたことです。年頭に当たって、あるいは子どもをこの世に迎える私たちの心の準備としてご参考になればとご紹介したいと思います。

『指針の「究極の目的」というべきか「その願いは」幼児教育の世界に通ずる言葉で表せば「ありがとう」と仏教での戒にも通ずる「ごめんなさい」だということです。その言葉を聞いてその言葉におもいを深く巡らすとき「人として生きることにおいて」、そして「子育てにおいて」もその究極においてたどり着くべき境地と一致することに気付かされたのです』。

元京都臨済宗大徳寺の僧侶の方で、ハーバード大学で博士号を取得し、現在広島大学の教授でおられる町田宗鳳氏もそのつどいでお念仏と共に「ありがとう」を唱えることを推進されておられます。

また今回の「胎生学」の講座の通訳を務められ、心から信頼する知人の方に以前教えていただいた、古来ハワイの少数民族に伝わる、伝統的な問題解決の方法を現代人の誰もがいつでも一人でできるものに進化させたという伝統的医療に“セルフアイデンティティ・スルー・ホ・オポノポノ”と呼ばれている方法があります。その方法には4つの唱え言葉「ごめんなさい」「許してください」「愛しています」「ありがとう」がありますがその言葉とも、とっさに重なりあったのです。