◆スペクタクル大宇宙ショー

2012年5月21日「金環日食」。この日、この壮大な宇宙ショーを見んと、日本全土どれだけたくさんの人が空を見上げて沸きに沸いたことでしょう。そして粘りに粘っても残念ながら福井では厚く覆った雲に阻まれて見ることのできなかった月食。さらに好天に恵まれて6時間余にわたっての金星の太陽面通過。これらの大宇宙ショー。ご覧になられましたか? ご覧になられた方はいつ、どこで、どのようにごらんになられましたか?

今回の連続大宇宙ショーを私はすべて自然史博物館の屋上天文台で館長であられる吉澤先生やスタッフの諸先生の万全の準備を整えていただいたなかでその説明を受けながら見させていただきました。

日頃から、自然史博物館には「笏谷石の会」を通じて、あるいは自然史博物館の家族ぐるみの友の会会員として行事の連絡をいただき、よく足を運ぶことが多いのです。金環日食はとても運よく多くの学校が、区民体育大会の代替休日としてお休みで、お子さんと一緒にゆっくりとその大宇宙ショーをご覧になられたかたも多かったのではないかと思います。

その日は朝一番‘5時に起きたので、今から出かける’という携帯へのメールが孫のお友達から入りました。自然史博物館からの案内には確か朝の6時からとあったようでしたが、それより少し遅れて、私たちも早朝に出かけました。しかし、その日はさすが「金環日食」の日です。もう足羽山は車でいっぱいでかろうじて私たちの車一台を止めてもらえる空きのある程度でした。

博物館に着くとこれまで見たことがないほど大勢の人が既に来られていて展望台への長い行列ができていました。たくさんの知っている方とも出会い、孫の約束したお友達もお父さんお母さんと一緒に既に着いておられました。

あの大宇宙ショーをどのようなおもいでご覧になられましたか? 私たちの目には見えなくとも宇宙では紛れもなく今日も休みなく太陽の周りを金星が、地球が、地球の周りを月が、そして多くの星々が回っているのです。たまたまいろいろな条件が整って私たちの肉眼でそれを見ることができたというだけなのです。でも頭でわかっていても、実際に目にすることのできたときの感動は、やはり違いますよね。

金星の太陽面通過の観測には学校も休みではなく、子どもたちは学校で見れない限りは見ることができません。今後105年後にしか見ることができないというのです。‘ばあちゃん ちゃんと見てきて!’と孫に頼まれて私も所用を済ませて1時近くに自然史博物館に着きました。今回はそれほど多くの人は来られてはいませんでした。

しかし、天体望遠鏡で拡大されて、目を傷めないように白い板に映し出された像でも太陽に比べてまるで太陽のほくろのようにしか見えない金星が(太陽の直径は金星の直径の百倍だそうですので日食眼鏡で直接見てもほとんど見えなかったのではないでしょうか)ひたすら長い時間をかけて太陽面を通過している姿を見ると、なにか涙がこみ上げてきそうなくらいけな気にも思えてならなかったのです。

金星が太陽を通過する最終時点で太陽の外周と金星の外周が接したのが午後1時半。そこから金星が太陽を完全に通り抜けてその姿が見えなくなるまでのわずか17分の間のみんなが息をつめて食い入るように見つめ続けた長く濃厚な時間。

これらの大宇宙天体ショーに魅せられた人びとの心を一瞬よぎるその宇宙の神秘。一体何がこの大宇宙の星々をこのように動かしているのでしょうか。その動きの背後にあって星々を動かしているものが何か存在するとすれば一体それは・・・? その目的は?  

ふと誰もがこうした思いに駆られたのではないでしょうか。計り知れない宇宙の神秘を今目の当たりにして、またこの大宇宙ショウーが起きる時間を正確に打ち出すことのできる人間のその天体への観測力の確実性に対して言葉にならない思いをおもわず声に出さずにはいられない人もおられるようでした。私たちの計らいを超えた宇宙で悠久の昔から働いている世界が確実に存在していることを今私たちは目の当たりにしているのです。

その大宇宙をマクロコスモスと呼び、その宇宙の一存在である私たち人間はミクロコスモスと呼ばれています。ですから私たち人間の体の中にも込められているその宇宙的リズム(たとえば心臓のリズム)や自然界のリズム、整えられた生活のリズムが大宇宙のリズムと呼応しながら毎日の生活を営んでいるのです。しかし、人間には「自我」という存在が与えられました。そのことにより様々な文明が発明され、人間にとって快適で便利な生活が優先されるようになり、宇宙リズムに反した生活を営むようになってきているのです。そのことの行き過ぎによりいろいろな問題も生じてきているのです。

ですから宇宙的存在である私たちのすべての根源が、こうした宇宙的世界にあるということに時折立ち戻って考え直してみることが生きるうえで必要だということをこの大宇宙ショーが再認識させてくれたように思えるのです。

◆子どもに朝食を
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さて現実に立ち戻って子どもの食事についてみていきましょう。約2~3時間おきの赤ちゃんの授乳期から1回に飲める量が増してくるにつれ、授乳回数も少なくなってきて、夜の授乳もなくなり、更に離乳食が入ってくることにより3回食プラス授乳が、3回食の食事を補うものとしてのおやつとなり、大人の食事の3回食に近づいてきます。

しかし、近年は朝食を食べない、あるいは朝食はコーヒーで済ますという人も増え、子どもの朝食にその影響が出てきているといわれているのです。何故大人が朝食を食べないか。それにはいろいろなわけがあると思いますが、1つには文明の発達により、生活が夜型になってきていることにあると思います。またその就労形態の変化で、肉体労働であればどうしても朝食を抜きにする生活は考えられないのではないでしょうか。そうした肉体労働の方は翌朝に障りとなるのでどうしても、夜は早く休まないと体が持たないという自然な成り行きによって体がその生活リズムを導いてくれるようにおもわれます。

肉体を使わない精神労働の場合、夜が遅くなり、朝にはあまりおなかがすかず、その目覚めをコーヒーでということになるのでしょうか。(今日では日本でもコーヒーを飲まない人はいないといってもよいほどに多くの人が飲んでいるコーヒーって本当は南国の人のためにあってどちらかいうと体を冷やす飲み物だそうです)

そして子どもも大人に合わせて夜遅くまでテレビを見ていたりと夜型となりがちですから朝食を作ってもらえなかったり、食べたがらない子どもも増えてきているというのです。

でも育ち盛りの子どもは大人とは違うのです。朝食は必要なのです。ですから朝食を食べずにはいられない子どもにすればいいのです。そのためには生活のリズムを整えるということから始めなければなりません。まず夜早く寝る。そのためには習慣となるまでは大人も子どもに付き合ってあげなければなりません。後で大人は起きればいいのです。(それもなかなか難しそうですが・・・)そして子どもの朝食は幼稚園、保育園や学校に出かける前にはまずは何でもいい口に入れる。悪いものでない限り、入れないよりはいいのです。

‘朝食は簡単に作れるもの!’これはとても大切なことです。パンと牛乳で済ます。それもありでしょう。しかし、今日本ではお米を食べることが見直されてきています。昔は、日本では主食はご飯でそれをしっかり食べることがあたりまえでした。

それが食事の面においても欧米化が進むと、あるいは面倒さも伴ってでしょうか、日本の家庭での特に朝食においては手軽なパン食に押されてご飯や日本食が食べられなくなってきているというのです。しかし、皮肉なことにはその日本食の良さが欧米諸国で高く見直され、私の知人のドイツの人も福井におられた20余年も前から玄米菜食をしておられていたのです。