◆定置網での体験

6月17日、NPO法人「 農と地域のふれあいネットワーク(農ネット)」主催の定置網漁体験に、長い間の念願がかなって参加できました。確か小学5年生頃だったと思います。近くの集落の人が網元である大謀網に連れて行っていただいた記憶があるのです。それ以来、県外や外国からのお客さんが見えたとき、そのおぼろげな体験を機会があれば案内して体験させてあげたいと思いながら今日までなかなかその機会がなかったのです。

そんな折、保育園の‘磯遊び、シュノーケリング体験’のお世話をくださった、この「農と地域のふれあいネットワーク」から突然“ふるさと学級”のご案内をいただきました。そして今回、孫やその剣道仲間のお友達家族と一緒に越廼での定置網体験が実現したのです。

前日までのその日の天気予報や波の状況は定置網の体験ができるような状況では決してありませんでした。が、朝になって心配でしたので船が出るのかどうかを問い合わせますと「出ますよ」という担当の方の一言で、すっかり安心して出かける準備にとりかかることができました。その日は運よく私たちの予定されていた船だけが出していただけたということを聞き、とてもラッキーだったことを知りました。

定置網の前に「魚のさばき方教室」があり、新鮮なイカやまだ生きてぴちぴちしているヒラメのおつくりのさばき方を、生粋の地元出身のベテランの女性の方々に手ほどきいただきました。最初子どもたちは気持ち悪い・・・といいながらそれでも大人がやっているのを見ていると、興味がわいてきたのでしょうか、‘やってみる!’といってイカの皮剥ぎから一生懸命にとり組み始めました。

昔は今のように並べてあるものを買ってくれば食べられるということはなかったので、早朝、海で取れるとすぐその足で天秤棒で担いだおばさんたちが魚を売りにきたものでした。それを家のものがすぐに料理して朝からいわしや鯵のぬたをよく作ってくれたものでした。当時子どもだった私には小骨があってとても食べづらく、ぬたは少し苦手だったかったことをおぼえています。船が入ってくる夕方になると近所の人たちと一緒に近くの集落の築港まで大きなてご(藁で編んだ入れ物)を背負って水揚げされたばかりの蟹(多分せいこがに)だの、鱈だの魚を買いに連れて行ってもらったこともかすかに覚えています。

当時せいこ蟹は今日のようにブランド化されていなく、他の魚と同じようにそんなに高くはなかったのではないかと思います。家に帰っていろりに大きな鍋をかけ、ぐらぐら煮えた湯で蟹をゆでるのです。その何杯ものたくさんのゆでた蟹の身を、夕飯までに家族みんなできれいに出すのです。子どもだった私たちのためにだったのでしょうか?  でもその仕事がなかなか大変で、出し終わった夕食時にはもう見たくもなくなっていたものでした。

それがスピーカーをつけた車で売りに来るようになり、今では、すぐに福井や県外の市場に出してしまうので地元でもなかなか新鮮な魚が手に入らなくなったということです。こうした魚をさばいて料理することはどこかでわざわざ教わらなくても家庭生活の中であたりまえの光景として見て育ってきたものなのです。

別室では、女性の方たちが朝早くから私たちのために作って準備しておいてくださった料理がテーブルいっぱいに並べられていました。その魚や海のものをふんだんに使った昼食をいただいてから船に乗るのです。船に乗るのに・・・。船酔いは大丈夫なの?そんな思いがふと頭を横切り「船に乗る前に食事をして大丈夫なのでしょうか?」と思わず聞いてしまいました。すると「しっかり食べておいた方が酔わないのです。海の経験者が言うのです。間違いありません」と言われ、その言葉にまたまた安心してそのたくさんのご馳走を子どもたちも私たちも皆さんでしっかりいただいてしまいました。

船が出る港に案内されると、目の前に横付けになっている船はまるで遊覧船のようなあまりに大きな立派な船だったので驚いてしまいました。私の昔のおぼろげな記憶では船はもっと小さくて、漁師の人たちが乗った船でまさに海へ漁に漕ぎ出し、たくさんの漁師の人たちが網を引いている光景として記憶していたものですから。

「僕、船は初めてやって!」「僕もやって!」と子どもたちは船は初めとあって大喜びです。

しかし、港からそれほど遠くないところに仕掛けてある網場まではよかったのですが、網を引き上げるために停泊している間の船のゆれにはさすがに子どもたちもまいったようです。網にかかった魚を引き上げ終わるまでの時間は船酔いとの戦いで、その間はどんなに長く感じられたことだったことでしょう。

大きな網が機械や大勢の漁師の人たちによって引き上げられると体調1メートルはゆうにあろうかと思われる大きな魚がピチピチと跳ねているのが見えてきました。鯵や大きな赤い鯛、透明なイカ、大きなふぐも見えます。近頃では暖かい海で取れるマグロなどの大きな魚もたくさんかかるようになり、獲れる魚も変わってきているとのことでした。ふと金子みすずの「大漁の詩」が思い浮かんできました。「・・・・浜は祭りのようだけど / 海の中では何万の鰯のとむらいするだろう」

◆命をいただく

人間は私たちの命をつなぎ生きていくためにこうしたたくさんの命をいただいて生かさせていただいているのです。

私たちはいつも何気なく食べ物を食べていますが、私たちの食べ物としてどれだけの多くの「命」が犠牲になり、その食べ物が私たちの口に入るまでには、どれだけの多くの人たちの「労力」のお陰をこうむっているのか計り知れないのです。そうした様々のおかげで、私たちはこうしたおいしいお魚をいただくことができるのです。このことがあたりまえになってしまっては決していけないのです。
公教育において、宗教は禁止されているからと、ある学校では食事の挨拶は、かねをたたいて食事を開始しているという。以前ある研究会でこのような信じられないことを聞いたことがあります。それが本当であればなんと愚かな悲しいことなのでしょう。

こうした光景を目の当たりにしたとき、そんな愚かなことは決してできないと思うのです。心からその「命」や「労力」に対して申し訳ないというおもいや感謝のおもいが湧き上がってくるとおもうのです。最後まできれいにいただくということはそうしたことへの感謝のおもいから当然のことでもあるのです。

子どもは大人の態度を見て育つのです。大人がそうした気持ちから食べ物に対するときおのずと子どもたちにもその気持ちは伝わっていくものです。そうした意味においても「農と地域のふれあいネットワーク」でのこうした体験はとても大事なことで、機会を捉えて、できるだけ多くの大人の人や子どもたちに体験していただき、伝えていっていただきたいものだとおもいました。

2カ所で網を引いてすぐに港に戻りました。海を相手にたくましくの生きてこられた船長さんの“そんなことでグタグタするな!” という久々に聞く情がこもりながら単刀直入の、迫力のある、しかも説得力のある掛け声があったせいもあるのでしょうか、船を降りると子どもたちは元気なものですぐにけろっとして走り回り、まだ帰りたくないとのことで更に近くの海での磯遊びが始まりました。
当然のごとく磯遊びだけで済むわけはありません。その着の身着のままで海に浸かって泳いだり、全身びしょぬれになっての磯遊びです。

越廼は「水仙の花」のご案内で何度も行っていたとおもうのですが、そんなに長くこちらには来ていなかったのでしょうか。それとも村落の中しか走らなかったからでしょうか。海が埋め立てられて更に広げられていて、そこには立派な道路がついていて「波の華」という温泉や新しい施設さえもができていたのです。帰りにはびしょぬれのその体をさっそくその温泉につかって温まって帰りました。友達と一緒のその日の体験は子どもたちにとってはどんなに楽しかった一日であったことだろうかと思います。7月21日にまた参加予定の本郷での「ちまき作り、蚕の観察」を今から早や楽しみにしているようです。

◆食育に対する課題

さて食育が国をあげて叫ばれるようになりました。そのことについてはこの‘うんちく’を書き始めさせていただいた2008年の7月20日にも書かせていただいております。食育が国を挙げて叫ばれるようになったのにはそれなりのわけがあるとおもいます。今日では日本内外を問わず、諸外国からのありとあらゆる珍しい食べ物も手軽に口にすることが出るようになりました。そして、スーパーに行けば家でわざわざ料理を作らなくっても既にできているおいしそうなおかずが所狭しと並んでいます。ただ買ってきて食卓に並べればよいのです。

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