新年を健やかにお迎えのことと思います。皆様のご家庭では今年のお正月をどのように迎えられましたか? 私たちが子どもの頃には正月といえばまだ旧暦で行われていたように思われます。そんなに遠い昔ではないようにおもわれるのですが。

◆子どもの頃の正月

元旦の朝には囲炉裏に雑煮の鉄鍋がかかると鰹節が削られ始めます。その音がし始めるめると、「餅をかけたから早く起きなあかんよ!」と声がかかってくるのです。

雑煮は正月前について、座敷いっぱいに並べられている丸もちを、いつもその汁がすんすんに澄んでいる状態に心配りされて作られていた味噌(もちろん自家製です)仕立ての雑煮です。その中に削りたてのかつおと地元で取れる堅く干した岩海苔を小さめにちぎって入れるだけのいたってシンプルな雑煮でした。それがとてもおいしかったのです。

粟餅、キビ餅、うるち米入りのこごめ餅、そしてもち米だけの普通の餅。キビや粟は伯母が毎年畑で作って餅にしていました。粟やキビ餅は食べればおいしいのですが子どもには一段まずいものに思えていたようでした。こんなに何でもある今の時代でも、今から思うとある意味とても贅沢な雑煮だったようにおもわれるのです。

その頃畑でそばも作っていたようで、少し厚めで大きなそばを打つ板が台所の大きな戸袋の横にいつも納めてあり、時折伯母がそばを打っていた姿を覚えているのです。しかし、そのそばを食べた記憶は私には全くないのです。今の子どもたちは小さいときからでもとてもそばを好んで食べるようです。ですから今年は我が家でもそばを打って七草粥ならず七草そばとして食べさせたのですが、私が子どもだった頃にはそばなど食べる気がしなかったのだということがかすかながら思い出されてきたのです。ですから多分、粟やキビ餅はお米の足しにということもあったのかもしれませんが、大人たちの嗜好として作られていたのかもしれません。

毎日がお祭り的な今の時代と違って、子どもの頃に迎えたお正月は何も無くてもお正月は特別の日でした。正月の朝、目が覚めるといつもと違ってあたり一面がとても清々しい気分に感じられ、少し張り詰めた新たな思いのなか村の神社や家のものの代理だったのか2軒のお寺に年頭のお参りをし、そのお返しにお茶わんを一つもらって帰ったものでした。そんな正月が本当にうれしかったものです。

お正月といえば先ず思い浮かぶのは何故か正月のその華やぎとうれしさを伴った少し低めで歯が厚めの高下駄が思い浮かぶのです。必ず妻かけ(ふわふわの毛がついていたように思うのですが)のかかった高下駄なのです。今でも妻かけのかかった高下駄のことを思い出すだけでも瞬時ですがそのときの正月の気分がそのまま甦ってくるのです。

昔は正月になるとおじいちゃんやおばあちゃんが里から孫たちに下駄を持ってくる風習があったようで、その持ってきてもらった下駄を近所の友達に見せてもらったのか私がもらったのかは定かではないのです。多分祖父や祖母がいなかった私に正月の下駄が届くということはありえなかったと思うのですが。そして近所の子ども達がたくさん我が家に集まって伯母の読み手で百人一首のカルタ会も行われたことも思い出されるのです。

◆お節について

子どもたちがまだ小さかった頃には寺である我が家では、「修正会」といって朝早くには大勢の檀家の方々が年頭のお参りに来られます。お参りが終わって食べて帰られる方はほんの一部ではありましたがそれでもそうしたお参りされた方のために毎年お節料理を作ったものでした。

10年も前になるのでしょうか。はじめて暮れから正月にかけて私が寺を留守にしたことがあります。‘今年はお節が食べられない’とおもった家族にまだ大学を出たばかりの末の娘がそのすべてを味もそっくりに作ってつないでくれたということを後で聞きました。それまで特別教えたわけでもなく、自分の食べたいもの以外手伝ったわけでもなく、ただ食べたり、見たりしていただけでもいざとなれば一人でも作れるまでに伝わっていたということを知って驚いたものでした。

しかし、今ではお客さんのためではなく孫たちと一緒に作ったお節を囲んでの正月となっています。決して見た目は華やかなものではないのですが昔からの一般的なお節として量的にはずっと少なくなっておりますが毎年作ってきている黒豆、田作り、数の子、棒だら、きんぴら牛蒡、昆布巻き、酢蓮根、お煮しめ、子どもだった娘たちも大好きだったバター入りの芋きんとん。今ではりんごの蒸し煮が大好きな孫たちにはりんごの蒸し煮入り芋きんとん。そしてなぜか競ってほしがる、ただ切って出すだけの松竹梅の絵入りのかまぼこも恒例になりました。

味が染むほどにおいしくなるお煮しめや棒だら、昆布巻きは30日には作り、一度冷まして31日に更にもう一度火にかけます。残りのものは31日に作ります。これらはすべて下ごしらえをして石油ストーブにかけておけばひとりでにうまい具合に煮えてくれます。特別大仰にしなくても他の仕事をしながらでも意外に早くにできてしまうのでとても石油ストーブは重宝しているのです。

そして昨年から作り始め、今ではすっかりはまってしまっているかぶらの麹漬け‘ぶりのかぶら寿し’。本格的には12月半ばから漬け込む準備をして正月には食べられるようにしています。昨年はとても好評だったものですから、今年はおいしいかぶらがたくさん採れたのでたくさん漬けて身近な人たちにも分けて食べてもらうことができました。

最近では器など形を整えての正月はたった一日だけで切り上げていますが、何があっても無くても家族そろってこうして新年を迎えることができることはありがたいことだとしみじみと思われるようになりました。

◆住まいを整える

さて健やかな子どもの育ちにとっての住まいを考えるうえで子どもにとって住まいとはどういう意味があるのでしょうか。その住まいの捉え方もいろいろあるとおもいます。住んでいる家がどんな家なのか自分の家なのか、そうではないのか、家の大きさ、たたずまい、美しく掃除が行き届いていたり、整理整頓がなされた家であるのかという狭い意味で「家」を住まいをとらえる捉え方もあるでしょう。またその家がどのようなところに在るのか、日本なのか、外国なのか、都会なのか、田舎なのか、山の中なのか、そうしたことも含めて広い意味にとらえる捉え方もあるとおもいます。

子どもにとっての環境としての住まいを考えるとき、先ずはじめに思いつくのはその家がどこまで掃除がなされていたり、整理がされているかなど家に関してのことではないでしょうか。

いろいろな家にお伺いする機会がありますが、昨今ではどの家を伺ってもきれいに掃除が行き届き、整っている家が多いようにおもわれます。しかし、いつもきちんときれいに家を整えておくということもなかなかできないことでもあるのです。

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