◆百笑の郷で冬山雪遊び

1月27日石川県加賀市山中温泉杉水“百笑の郷”で行われました。廃村の村おこしの一環としての冬山雪遊びのご案内をいただき孫たちと行ってきました。「“百笑の郷”」で当日の写真や詳細を見ることができます)加賀一番の豪雪地帯といわれているというひがしたに地区の杉水までは冬季には私の運転能力ではとても無理です。ですから加賀温泉駅までは電車で出かけ、そこから杉水まではいつも孫がお世話になっているスタッフの方のご好意でその方の車に乗せて連れて行っていただきました。

その日は前日からの冷え込みが大変厳しく大雪警報が出ておりましたが、こうした方々の思いが天にも通じたのか当日はその心配もなく朝になって気温も緩み、天気にも恵まれ道もきちんと除雪されていてあの雪道を普通車であっても何の心配もなく、実に滑らかな運転で杉水に着くことができました。

杉水のお蕎麦屋さんの横手の山が今回の催しの雪遊びのメイン会場です。そしてお蕎麦屋さんはこのイベントのため食事をしたりする室内会場として全家屋が解放されていました。 朝早めに着いた私たちを「さあさ、早く中に入って!」とまるで親しい身内の人でも迎えるかのようにお蕎麦屋さんご夫妻の暖かい声にいざなわれて荷物を置くためにいったん中に入れていただきました。

玄関には雪で滑らないようにと藁で編んだ‘こも’が一面に敷かれてありました。久しぶりに目にした なつかしい‘こも’です。筵と違って少しゆるめに織られている‘こも’は靴について持ち込まれた雪も湿気も藁に吸い取られて融けやすく、すべる心配もないその機能性に改めて気付かされたのです。外から玄関に入ったときの藁の暖かさがその寒さを一旦和らげ、なんと雪遊びのこの場の雰囲気にはふさわしいことかと見入ってしまったのです。子どもの頃の餅つき当日の玄関が思い起こされました。現代は何でも便利なものがたくさんあるようですが現代の感覚でとらえてもこの場にはこの‘こも’に優るものはないなあとひとり先人たちによって培われてきたその生活の智恵の深さに感心したものでした。

ひとまず荷物を置くために部屋に上がらせていただくと部屋にはいくつものストーブが既につけられていて部屋が温められていました。孫たちは荷物を置く間もなくすぐに外の雪の中に飛び出していきました。外には大人や子どものために雪の上を歩くための新しいかんじきが用意されていてそのつけ方を教わりました。「昔の道具について調べてくるように」という宿題がちょうど出されていた3年生の孫はたくさんの昔の道具が今もなお実際に使われていたり、目に付くところに掛けられている生活を目の当たりにして、「しまった!メモ帳を持ってくればよかった」としきりに言っていました。参加者が全員揃ってはじめに雪遊びを始める前の挨拶が簡単に行われ、そのあと子どもたちは待ってました!とばかりに思い思いの雪遊びに取り組み始めました。雪だるまを作る子、かまくらを作る子、雪の中に埋められて喜んでいる子もいました。
 
先回そりやスキー作りに参加した子達でしょうか ‘かんじき’をはいて大人の方の先導で早速山に登っていきました。冬山遊びは今回は初回でもあったからでしょうか、前日にあらかたそのコースは作っておいてくださってはあったようでした。しかし前日から降り続いていた雪です。まずはそりやスキーのコース作りからです。コースができると山の高いところから大人も子どももその勢いのままに猪突猛進、雪しぶきを上げて滑ってくるというのか顔中雪だらけにして転げ落ちてくるというのかその様子に下で見ていて笑いが止まらないのです。そんな光景から、和泉村にはじめて赴任したときのことが思い出されてきました。その頃には長野ダム(九頭竜ダム)建設工事もあって既にたくさんの商店が出店し大変賑わっていましたのでスキー用具品店もありました。だからでしょうか、小さい子でもほとんどの子どもたちはもう既に板スキーを持っておりました。

しかし、当時はまだスキー場もなく彼らは山スキーとして鍛えられていたのでしょう。スキーが体と一体になっていてまるで履きなれた履物のように履きこなしていました。道を歩いていて驚かされたのは突然子達が屋根からジャンプしてきたことでした。しかもスキーを履いて。それが冬の彼らの身近な場所での遊びだったのです。

学校でスキー大会があるときには貝皿という集落まで全校生徒でスキーを担いで山道を歩き、そこの少し開けたところがスキー大会の会場となっていたのです。まだうまく滑ることのできない私は滑るときには「今から滑るから危ないよ!どいていてね!」と上から大きな声で声をかけなければなりません。でないと一直線にしか滑れない私は滑り始めると自分でもどうにもならない速さに加速していくのでぶつかったりしたら大変危険だからです。止まるときには転がるか、お尻をつける以外は止まらないので皆は大笑いです。そんな担任の姿を見てか我がクラスの子たちは一年生ながらもやさしくもスキーで止まる手ほどきをしてくれたものでした。

そんな光景と重なってきたのです。山での雪遊びも山の中の大変な雪の中で育つ子どもたちには自然から与えられた遊びの一つだったのです。そうした繰り返し、繰り返しの遊びを通しておもしろいこと、楽しいこと、辛いこと、痛いこといろいろなことを体験しながらそりやスキーの技術的なことも自然に身につけていったのだとおもいます。時には友達との切磋琢磨がその技術に更に磨きをかけるということもあったでしょう。子どもの頃の遊びとしてこうしたことを自分の体験として充分に体験しておられ、身につけ、熟知しておられる山で育ったスタッフの方々だからこそこうした催しができるのだとおもいます。立派なスキー場での技術が先行するそりやスキーではなく、かんじきを用意してのスキー場作りから取り組ませるという大変な回り道をしてまでもの雪遊びをです。スタッフの方々は技術的な指導はいっさい口に出されませんが要所、要所にきちんと立って子どもたちのすべる状況から決して目を離さずそれでいて多少の障害をも挑戦させながらコースを上へ上へと伸ばしてその遊びをよりダイナミックなものへと変化させているようです。その様子から充分な心配りをしながらもまるで子どもと一体になって冬山雪遊びを楽しんでおられことが手に取るように感じられました。

今の時代の子どもにとって本当に必要なことを子どもと一緒になって準備し、一緒になって遊びと取り組んでくださっているのです。子どもたちが川遊びでの橋からの飛び込みや山での雪遊びに目を輝かせて遊ぶなかで様々なことに挑戦する勇気や困難を乗り越えて更なる高みを目指すために必要とされる技術をこの大自然のなかで自らが体得していくその機会を子どもたちの環境としてこうして準備し、いつも子どもの傍らに立ちながら、その育ちをただひたすら黙って大きな思いで受け止めて見守っていてくださるように思います。かつてこの村に住んでおられたり、この村と関わって暮らしておられたりする方々とはいえ冬場はここに住んではおられません。この日もこの日のために早朝からここに来ておられる方ばかりです。しかも前もっての手作りのそりやスキーなどの道具作りなどこの日の準備のために何度かここに足を運んでおられるということです。

ひとまず子どもたちはスタッフの方々にお任せして、何かお手伝いでもと私はお蕎麦屋さんの中に入りました。囲炉裏には赤々と炭火が燃えていて大きな鉄鍋が掛けられていました。鉄の大鍋は地元で取れた野菜が具沢山にいっぱい入っているお汁です。その中にお手伝いの方が小麦粉をといたようなものをスプーンで落としておられました。それはかつての‘すいとん’だというのです。水団汁とはまた考えたものです。しかし、今日では‘すいとん粉’という粉が売っているとのことでこれもまた興味津々です。

すいとん汁は囲炉裏だけではなく、いくつかのストーブにもかけられていました。それが終わって、おにぎりを握る手伝いをするために台所に入れていただきました。台所に一歩入ると目に付いたのはピカピカに光っているおにぎり、おにぎり、おにぎり。今握られたばかりのおにぎりが何枚もの大きなお皿にこれ以上は入らないというまでに目いっぱい入れらて、あちらの台、こちらの台の上に所狭しとおかれて並べられてありました。それでも足りないようで新たに炊かれたご飯を握るお手伝いをさせていただきました。食事を担当される方はお蕎麦屋さんやスタッフの奥さんでそれぞれ料理の専門家の方たちです。

おにぎりを握り終えて手についたご飯やボールについているご飯をいただくとそのおいしいこと、おいしいこと。塩加減もばっちりです。そしてお米はなんと、秋に稲刈りの真似事だけ参加させていただいた自然農法(肥料も何もやらないで収穫する方法)で収穫されたお米だというのです。やっぱり!やっぱり! そして、さすがすごくおいしい!

◆どんぐりの粉でクッキー作り

食事が終わって午後からは新潟から来られていた整体の先生でもあるという方によるとてもユニークなどんぐりの粉のクッキー作りです。クッキーに入れるためにご自分が集められた鬼ぐるみ持参で囲炉裏の板の場での縄文時代のクッキー作りです。縄文の土器の復元だという丸い石と皿のような重い石の道具をやはりいくつか持参されていました。まずその道具を使って子どもたちが鬼ぐるみを割るところから始められたのです。胡桃を割ったり、それをより滑らかな皿の方ですりつぶしたりするのです。あらかたすりつぶした胡桃をどんぐりの粉に混ぜます。混ぜる前にとても珍しいどんぐりの粉をみんなで舐めさせていただきました。

そして塩を入れるとどう味が変わるか、そのすりつぶした胡桃を入れると、ゴマを入れると、砂糖を入れると、と調味料を入れるたびに味の変化を皆で確かめました。つなぎとしての卵があいにく準備されてなかったようで、あるもので何をつなぎに使おうかと皆で考え、料理の担当の方から里芋をすって入れることを提案されました。それを入れて練ってまた皆で思い思いの形を作り、囲炉裏の火やストーブの上に乗せて焼くのです。一般に行われるクッキー作りでは考えられない実にアバウト的、創造的な楽しいクッキー作りです。もうそろそろ焼けているのではという頃、それを見ている人たちも囲炉裏の火の上に載せられたクッキーの焼き加減一点に意識が集中します。うまくできているかどうかという基準でみるのではなく、無言ながらもどんなものができるのだろうという、どんぐりのクッキーというものへの好奇心、期待感、早く食べてみたいという様々な思いが和やかに交錯し、その目からは見えない手が伸びて一緒になってその焼け具合を確かめているのが私の焼け具合を見る手にもリアルに感じられてくるのでした。こうしたみんなのおもいも囲炉裏の火によって温められ、つなげられ、和み、さらにクッキーの味に一味加えられたようで、出来具合そのままをおいしく楽しくいただくことができました。物をも人の心をもつなぎ、よりよく生かされたものへと変えていく囲炉裏というものの存在とその火の力をまざまざと感じたのです。

いつも皆さんの表面は実に和やかで、楽しく、寛容でありながらその底には今の時代に必要なことを並々ならぬ強い信念で貫き、一つ一つできることから実践に移されている方々のように思えます。そして誰かがどこかでこうした実践をされると、見えない糸でつながりあっている人が日本全国どこからでも応援に駆けつけられるようです。ここには真(まこと)の人間関係で結ばれているネットワークがあるようです。いつ寄せていただいてもここに寄せていただくとそう感じるのです。

◆子どもの日常生活の流れから考える

さて子どもは実際の家庭ではどのように一日を過ごしているのでしょう。その一日の流れからその生活、住まい方を考えて見たいと思います。まず幼稚園や保育園、小学校に通う子どもたちのウイークデイの生活で学校に行くために毎日どのような準備をしなければならないか小学生の例でその概要を見ていきたいとおもいます。(毎日のことだからわかっていると言わずに一度きちんと書き上げてお子さんと整理してみることは意識的に生活を見るという意味でも大切なことだとおもいます)

「学校に行く準備物はOKですか?」
・ランドセルの中は
その日の時間割がきちんと合わせてありますか?そして各教科の教科書やノート、下敷きはきちんとそろっていますか?連絡帳、連絡袋は忘れていませんか?筆入れにはきちんと学校で指定されたものが入っていますか?(例えば2Bの鉛筆5本、赤鉛筆、消しゴム、定規、その他コンパス、三角定規など)、宿題はきちんとやってありますか。そしてかばんに入れましたか?
・給食袋の中に
給食袋の中には、箸、ランチマット、手、口拭き小型タオル、不織布のマスク
・歯磨き袋には
うがいコップ、歯ブラシ
・ポケット、かばんには
洗ってあるハンカチ、はなかみ
・毎日持っていく水筒のお茶は季節に合わせた暖かさになっていますか。
・雨や雪の日には
その日の天気に合わせて傘、レインコート、長靴、ジャンパーなどが必要になります。
・月曜日には
きれいに洗って、体操服袋には体操服、体操帽子。ズック入れには内、外ズックが入れてありますか?。
・制服(名札はついていますか)、制帽、そしてつめは短く切ってありますか?髪は清潔ですか?
(それらすべての物にははっきりと名前が書いてありますか?)
・その他その日にいるものの準備確認は大丈夫ですか?

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