仕事から戻り、エプロンをつけ、よーし、第二のシフト開始、ちゃっちゃと夕飯を作るぞ! お母さんに休みはないのだ。こんなことは毎日やっていることだし、 世の中のみんなもそうだ。それに明日は仕事で遅くなるから夕飯を作ってあげられない。今日は作らなくちゃ。そう思って、奮発して豚ヒレ肉を買ってきたのだから。

台所に立つと、流しやカウンターがモノで埋まり、まずそれを片付けないと調理を始められないのにイライラ。そこへ夫が娘のお弁当箱を洗おうとしてくれています。その気持ちはうれしいんだけどさ、今台所に立たれると私は困るのよ! 一日の疲れが体に広がり、イライラもつのる一方。

でも仕方なく私は洗い物を始めました。でも洗った食器を乾かすラックも一杯です。まずこれを空にしなければ。

普通に淡々とやればたいしたことない作業も、イライラしながらやると一つ一つが苦痛です。私はもう爆発寸前でした。

いや、自分の中で爆発したのかもしれません。(一応、お皿を投げつけたり、怒鳴ったりはしてません。)

はっとして、手を止めました。STOP!!!

せっかく奮発して買ってきた肉が不機嫌の毒盛りヒレカツになってしまう。いくら手間や時間をかけても怒り入りカツじゃあ、笑顔でファーストフードを食べたほうが体にいいだろう。もったいないもったいない。「不機嫌は立派な環境破壊(渡辺和子著、『置かれた場所で咲きなさい』より)」とは本当にその通り。

自分にストップをかけました。とにかく、台所を離れ、ソファにゴロンと横になりました。

これはこの夏学んだ技です。

There should be nothing stressful in the kindergarten.
幼稚園にはどんなストレスもないようにしなさい。

7月に幼児教育の講習を受けにニューハンプシャー州にあるSophia’s Hearth Family Centerにいきました。そこでデンマークの教育者であるHelle Heckmann(ヘレ・ヘックマン)が言った言葉です。

ストレスをもたらす活動、行事、日課があったら、すべて見直して、どうしたらストレスをなくせるか考えなさい。 なぜなら子供達は大人の心の状態を空気のように吸ってそのまま取り込んでしまうからです。

ヘレはストレス自体を無くせとは言っていません。生身の人間ですからストレスは避けて通れません。でもストレスを感じたら、何とかしなさいと言っているのです。

学校も幼稚園も家庭でも、毎年恒例だから、周りがやっているからなど、特に吟味されていないまま事が進められ、おかげでストレスが山積みになっていることがどれほどあるでしょうか。ヘレはそれを一つでも見過ごしてはいけない。吟味してストレスがない状態にして子どもに手渡しなさいと言っています。

言うは易しです。ヘレ・ヘックマンという人は、限りない優しさの中に、すっくと立つ大木のように、たぐい稀な芯の強さを感じる人です。その大木の力強い立ち姿に、根っこの周りに集まってくる子ども達も大きな安心感を受け取るのでしょう。ヘレは子どもを守る盾となるために、自分自身の中で、このことをいつも問 い続けているのだと思います。その結果、あのような優しさと強さが身についたのだと思います。そして彼女が長年かけて築き、磨きあげてきた幼稚園がコペンハーゲンの街中にありながら、自然の恵みと人間の叡智にあふれる素晴しいところであるのも、その結果であると思うのです。

ヘレから学んだ一週間の最後に、私たちはグループに分かれて共同で窓の飾りを作る作業をしました。私は風邪を引いていて少しまだ熱っぽい状態で作業を始めました。共同作業の難しさと折からの体調不良で、私はストレス度がアップして来るのを感じました。

あれ? 子ども達のために美しいものを作ろうとしているのに、なんか楽しくない。イヤイヤやっている。

There should be nothing stressful in the kindergarten.

この言葉を思い出しました。そして、手を止めました。イヤイヤならやめよう。きれいなものが生まれるはずがない。

まず、一瞬止まることで、ふっと力が抜けました。そして、じゃあ、どうしたらストレスなく出来るだろう?と考える余裕が生まれます。

そうだ、共同作業だから、私は座って紙をちぎる係をやらせてもらおう。それなら頭がふらつかないし、今の私にはぴったりの単純作業で心も落ち着きそう。私のできることをやって、あとはグループのみんなにお願いしよう。

グループのほかの三人は黙々と窓に貼る作業を続け、私は紙をちぎり続けました。何色をどんな形にちぎって欲しいとの注文に応えているうちに、だんだん制作に もまた参加していきました。何より、無理をやめたので、楽に、楽しくできました。結果、みんなが満足する美しい窓になりました。