◆12月になると

「冬になると、ばあちゃんは‘かぶら、かぶら、と言い始めるね’。僕は早く雪が降ってほしいんだけど」何気なく言われた孫のことばに驚かされました。孫が言うほどに私はそんなにその言葉を発していたのでしょうか。自分では全く自覚がなかったのです。その‘かぶら’と言う私の言葉で孫は冬の訪れを感じるようになったというのでしょうか・・・。

確かに12月の声を聞くと、自然に心が慌しくなり始め、冬への仕度や正月への準備が気になり始めます。そうした思いが、ついそうした言葉になって出ていたようです。でも‘かぶら’とはねぇ・・・。確かに12月の声を聞くと“かぶら寿司”作りに心が向くのは事実です。今年も12月に入って間もなく‘ぶり’の柵を3本買ってきてしっかりと塩をまぶして準備したのはこの文を書き始めた頃。そして22日、ようやく漬け込むことが出来ました。

今年は身近な人からもほしいといわれているので多めに(50個ほどの大きめのかぶ)作ったのです。かぶらや、野菜も,近隣の親しい人や,若いお母さん方でほしいという方々にも分けてあげて喜ばれています。私の作る野菜は安心だからと、近頃では売ってくださいとまで言う人がいて自分でも驚いているのです。それほど食品への安全に対する思いは津々浦々にまで行きわたってきているのです。

なかでも子育て中の若いお母さん方の子どもに安心して食べさせられる食品への関心は並々ならぬものとなってきているようです。孫の剣道仲間のおかあさん方にもお分けしたのですが「お野菜ありがとうございました。僕野菜が好きなのでとてもおいしかったです」と家の人の迎えがある前に、家の人に代わって、お子さんの直接のとてもうれしい、しかもしっかりしたお礼の言葉がありました。「そうおいしかった。お野菜好きならいくらでもあげるよ。無農薬だから安心して食べてね。」つい、そう返事をしてしまいました。

そうなのです。自然な野菜の味を一人でも多くの、特にこれから育っていく子らに味わってもらいたい、伝えたいという願いもあって畑作りをしてきたからです。そんな野菜が全権大使となって自然の野菜の味を一人でも多くの人に味わっていただけるのであればこんなうれしいことはないのです。

しかし、その野菜でも、今日においては種からの安全性が問われなければ、安全とはいえないといわれなくなっているのだというのです。経済社会とは、第一に、自然と呼応して生きている私たち人間や生き物が安心に、安全に生きていくためにあるべきものだとおもうのです。しかし、時代が進むに連れ、経済のみが一人歩きをするようになってきて、そうした人間や生き物から、次第、次第にかけ離れてきているようです。経済世界のみがひた走りに走っていっている今日の経済優先の社会は、人間や生物的存在から遊離して、まるで根無し草化していっているように思われます。それだけではなく、逆にその与える有害性をも深刻に案じなければならなくなってきているのです。

「ベーシックインカム」、それって一体何?という思いで、なんだか意味のわからない言葉を聴いたのは何年前のことでしたでしょうか。初めてその言葉を聞いたのは何年か前の、シュタイナーの講演会でだったとおもいます。だから、その言葉の発生地、ドイツかヨーロッパでは成り立つのかもしれないが、日本において、そんな夢のようなことが現実に成り立つはずはないと思っていたのです。(最低限度所得保障で、すべての国民に最低限度の生活を送るのに必要とされるお金が支給される制度)

しかし、まだ畑地がたくさんある私の家の周りでは、第一線をリタイアーされるなどして基本的生活は一応保障されていると思われる方々がご夫婦で畑仕事に精を出されています。健康のためと、自分たちの食べるものだけでも安心、安全なものをといってまるでわが子を育てるように作られているのです。はじめの年は、畑なのか何なのかわからない状態であっても2年、3年とやっているうちに、あれよ、あれよという間に立派に畑らしい畑になっていくのです。

今では子どものためにとか、親類にもあげるからと、玉ねぎなど600本、700本と植えられているのには驚きです。こうした人たちとのお付き合いのなかで、採れたもので、お互いに必要とするものをあげたり、もらったりと、経済生活の初発的状況が、しばし行われるのです。そうしたお付き合いの中に本来の人間としての在り方があるようにもおもえるのです。ですから人間性を取り戻す上では、ベーシックインカムも有りかなとさえ思えてくるのです。

◆子どもたちのふれあいコンサート

孫たちが車に乗っているときには、小さいときからの習慣でなるべくラジオはつけないように心がけてきていました。ところがつけたままのラジオから流れてくる音楽をそれまでの習慣で急いで消すと孫娘から、‘ばあちゃん消さないで!’と言われはっとしました。そうこの子達はいつまでも幼児ではなかったのです。そして音楽がとても好きだったのです。

そのことにはじめて気づかされたのは、2011年11月、孫娘が5年生のときのことでした。学校の校外学習として、ハーモニーホールで行われた“ふれあい文化子どもスクール オーケストラと子どもたちのふれあいコンサート”に参加したときでした。

校外学習といえば、児童生徒のみの参加で保護者は参加しないのです。ところが折り良くといいましょうか、そのときの孫娘の体調で、私も付き添うことになり、一緒に参加できたのです。小学生の子たちにとって、ピアノを習うなど、何かの音楽に関わっている子でなければ、こうしたコンサートに参加するということは、初めてのことではないでしょうか。

このコンサートは指揮者を始め、多くの福井出身の方々の参加で構成されてもおりました。そのこともあって、子どもたちにとっては初めて出会うコンサートだということを十分に意識された内容が、プログラム全般に配慮されていたのでした。

日頃なかなかコンサートにまで出かける時間的、心的ゆとりのない私にも(そこまで関心が深まっていないと言った方がよいのでしょうが)音楽の楽しさや、身近さを、参加した福井の子らにより楽しく、わかりやすく届けたいという、温かくも熱い思いが、直に伝わってくるとても感動的な内容がたくさん盛り込まれたコンサートでもあったのです。ですから、機会を捉えてこの“子どもたちのふれあいコンサート”を皆さんにも是非にご紹介したいと思い、ずっとそのときのプログラムを大切にとっておいてきたのです。

そうした思いはプログラムの内容にもとても強くあらわれていました。セントラル愛知交響楽団の紹介には、福井県出身の齋藤一郎指揮者が常任指揮者として率いるオーケストラとして、親しみを持って聴いていただければと思いますと、紹介されていました。三国出身の小松長生氏もこのオーケストラの名誉指揮者でおられるとも書かれてあります。

関連記事
あわせて読みたい