私は長い間、石川県の食文化にもとても関心があって機会があればもっとその文化に触れてみたいと思ってきました。石川県の食文化は、そぎ落とした中のおいしさや美しさではなく、丸ごとを生かそうとするおもいの中から生み出されてきているおいしさや、美しさのようにずっと思ってきていたのです。そのことをいつか機会があればもっと知りたいと思ってきたのです。偶然ながら、この本との出会いはその思いを伝えているように思えたのです。

福井にも昭和55年3月に出された「ふるさと 福井の味」という本があって、これまでいろいろと重宝に使わせていただいてきているのです。その本は、昔に作られた本でもあってか、レシピ主体に書かれているのです。『金沢・加賀・・・』の本は、昨年12月24日に出されたばかりの本です。そして、文章主体に書かれていてその文章がこれまたとてもいいのです。

その‘はじめに’には、
『山に生きる人の知恵、野に暮らす人の工夫、海に働く人が作る味わい、そして、藩政期から続く武家料理の伝統を受け継ぐ品々、それら金沢、加賀、能登に伝わる食の遺産というべきふるさとの料理を、絶やすことなく守り伝えなければならない、この本はそんな思いから作りました。』と石川県の食文化の広さ、深さ、そして縄文時代にもさかのぼる様々な歴史の面からもふれておられます。

昭和52年「石川県郷土料理コンテスト発表会」に集まった料理や紹介文やレシピの、“能登の海鳴りが響き、真宗王国にふさわしいお念仏が聞こえてくる気がした”という各地のふるさとの料理の一つ一つを訪ね、教えを請う、4年がかりの取材をまとめ、30年あまり前に書かれた『金沢、加賀、能登、四季の郷土料理』がこの本の土台となっているというのです。

今回、本を出されるにあたって、そうした多くの方々による貴重な言葉を再録し、きちんと伝えたいという考えのうえに立って、新しい、取材記録や写真を盛り込んだと書かれています。

そこには、自然を相手の厳しい生活。そうした生活にどーんと腰をすえ、毎日の一日一日のすべての出来事を正面に引き受け、取り組んでいくなかで、そうした厳しい生活が裏腹となって、おのずと生じてくる自然の恵みへの感謝の念。そうした思いが多彩な祭りや信仰となって生活を彩り、支える。そして与えられたその恵みに対する感謝の思いが、慈しみにも似た想いとなり、それらの恵みの食材に対してそのすべてを知り尽くし、暮らしの中で最大限に生かそうとして得られる深い知恵。そうしたおもいが、まるであたりまえのことのように営まれていく日常生活。そうした生活のなかから生み出されてきた郷土の料理の数々。それがうまさ、美しさとなり、そこに命を生かすという意味においての芸術性すらをも感じさせるのです。

そうした背景から生み出されてきている郷土の料理を、畏敬の思いで受け止め、更に郷土が培った感性の衣でそうした料理を包む著者の温かくも優しい慈しみのまなざし。

さすが加賀百万石の城下町。石川県の食文化です。文章だけではありません。その盛り付け方、食器、兼六公園の雪吊りを初めとする景観。その写真からも百万石によって生み出されてきた石川県の様々な文化がその背景となってその食文化をさらに一層、豪華さ、華やかさをもかもし出し、格調高いものにしているのです。

また、各地の料理が各地の作った人によって紹介されるなかで、至るところにちりばめられている‘・・・ながや’という温かく人を包み込むようなほっこりとした石川弁。

石川県には山中町の市の谷に出かけることがあります。そこでいただく食事は、隣の県といいながら、石川県の人の考え方が背景になっているからでしょうか、福井とは一味違うといつも感じることがあるのです。そのとき感じた思いがこの本の随所に表わされているように思えるのです。

今日ではややもすれば陥ってしまいがちな便利主義。しかし、今もなお根強く伝えられてきているさまざまな伝統文化を背景としたなかでの実際の暮らし。そうした生活が、今もなお生み出されている様々の物への文化的価値を再認識し、心から郷土のすべてを誇りにおもう精神性につながってきているのでしょうか。

また『今年12月、「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されます。石川の陶芸や漆芸が作り上げる麗しい器に金沢、加賀、能登の料理が盛られ、それを全国の人たちがやがて開通する新幹線に乗って食べに来てくださるよう、心から願っています。』と心から誇りに思う郷土料理をあまねく知ってもらうための心配りも忘れずに付け加えられてあるのです。

生きとし生きるものへの深い慈しみのおもいが、その命の数々を活かし輝かせている、その数々の料理は、この世に生み出されたすべての一人ひとりの子どもの命に慈しみのまなざしを向け、その育みに関わることにも符合する思いでこの本のその一行一行を、その一言、一言をかみ締めて拝読させていただいたのです。

一つの道はすべての道に通ずる。まさに、料理から入られたこの本は、子育てにも通ずるようにおもわれるのです。この地上のすべてのものにおいて、人の子においても、その生かされた命と深く関わる中で、それぞれの命を、それぞれのありように沿って、生かそうとするおもい、それはそれぞれの人やものに対して知恵を超えた深い慈しみの思いなくしてはなしえないことのように思われるのです。

生かされた命にきちんと向き合うことが出来れば、そのことに目覚めることが出来れば、子育てにおいても一人ひとりの、その命を十全に生かすことが出来る。今、<生かされた命に向き合う その育み>と章を改め、様々の状況に置かれている子どもの育ちに目を向け、向き合おうとしているとき、あまりに困難なその状況に、同じ北陸の、隣の県の方によって書かれたこの本との偶然な出会いは、ややもすればひるみがちな私の気持ちを鼓舞し、背中を押していただいたおもいがするのです。

北陸に住む人には、そうした風土に育まれ、培われたなかで身につけた精神があるのだのだと。そしてこの本との出会いに心から感謝するのです。