~子どもたちの夏休み(1)~

◆我が家のかば焼き

‘土用のうなぎ’といえば、時期はすでに終わってしまっているのですが、そのウナギも近年あまり取れなくなったということで、そう容易には口に入らなくなってきました。外国産はそうでもなくても、特に日本産のうなぎはとても手が届きそうにありません。そんなウナギが大好きでスーパーに並んでいるのを見るといつも食べたそうにしている孫がいるのです。

そんな孫を見ていたある日のことです。夕食の支度に取りかかろうとするとなんとウナギがいるではありませんか!それもうようよと! “よし! 今日はウナギのかば焼きにするよ”そう孫たちに宣言しました。きょとんとなった孫たち。そして意味が分かってか、わからないでかのとんちんかんの会話が始まったのです。‘ウナギどこで買ってきたの?’ ‘買ってないよ。とってきたの’ ‘いくらしたの?’ ‘ただ!’ ‘どこでとってきたの? ・・・狐川で?’ ‘畑でよ’。 祖父が作っている畑から娘と孫たちが採ってきたという‘長なす’が台所の隅の籠の中にいっぱい入っているのです。

その長さも半端ではありません。なんと40センチを優に超え、その黒々と光る色といい、そのくねり具合といい、細さはウナギにしてはちょっと太目かなというものもありますが、まさにウナギです。これが我が家の‘茄子のかば焼き’の始まりとなったのです。

孫たちの前で、まな板の上に茄子を乗せ、ウナギをさばくかのように長なすを二枚にさばき、適当な長さに切り、皮目に格子の刻みをいれて油で揚げるのです。普通は甘味噌なのですが。‘あれはたれが決め手だ! 確か あのたれは甘醤油だれのはず’そう思って、ウナギのかばやきのたれを思いうかべてたれ作りに挑戦です。本物のたれには及ばないのですがそれでも‘たれ’作りの工夫が功を奏したのか、思いがけずも孫たちにバカ受けに受けて、 ‘ばあちゃん、ウナギにして!’と、今だにその雰囲気を半ば楽しむかのようにねだられているのです。秋茄子のおいしい季節に入りました。よければ試してみてください。

ウナギと言えば、私にとって思い浮かぶのは、南太平洋の島、ポナペ(今は正式名はポンペイ島)でのことです。今もきっとそうだと思いますが、当時は、まだまだ田舎の島で特別観光地化はしていないのです。その島を一周する島巡りや現地人に古くから続けられてきている儀式や踊りなどが観光に充てられているのです。その島巡りのコースに、ウナギを見せてくれるところがあるのです。この島ではそれぞれの観光は、それぞれの集落や、ある家族によって管理されているので、それぞれの場所に着くと、どこからか子どもか大人が現れて、一人1ドル?だったか、5ドルだったか?を払うのです。

ウナギを見るために車を降りると、すぐに何人かの子どもが出てきました。きっとそこを管理している家の子どもたちでしょう。誰もいないときもあり、そんなときには捜しに行かないといけないのです。料金を渡すと道を少し下ったところの、家の近くを流れているそれほど大きくはない川に案内されます。
    
ポナペはボルネオに次ぐ雨量の多い島と聞いています。ですからそれほど大きい川でなくてもどの川もマングローブが茂り、水量も豊かです。案内人が川に魚か何かの缶詰を1缶か2缶流し込むのです。すると、突然直径5センチ以上、長さ1メートル以上はあろうかと思われる巨大なウナギが、どこから現れてきたのかと思われるほどピチャピチャと音を立ててひしめいてあらわれてくるのです。

その島では、ウナギは神様として扱われているそうですので、決して食べることはしないのです。ナマコを食べる習慣を持っていることは知っていました。家族が戦前ポナペに住んでいた時に父母のもとで働いていてくれたという現地人の家族にナン・マドールという遺跡に案内してもらったときのこと。そこへは外海を回って船で行くので、浅瀬に入ると船を止めてナマコをしきりにとっていたのです。それでここの人は日本人のようにナマコを食べる習慣があることを知ったのです。こうした食の習慣からも日本人のルーツの一端がうかがえるような気がしたのです。後日、ウナギの産卵地についていろいろな研究が行われていることをテレビや新聞で目にするようになりました。南太平洋に浮かぶポナペ島でのことです。ポナペの島でのあの光景を思い浮かべ、なにかウナギの生息と関係があるのかもしれないと秘かに思ってきているのです。

◆今年の夏休み

さて、長かった夏休み、皆様のお子様方はいかがお過ごしでしたでしょうか? 子どもたちにとっては、あっという間に終わってしまった夏休みだったかもしれません。しかし、おうちの人にとっては、やっと新学期が始まってくれたとお思いの方もおられるのではないでしょうか。

今の時代の子育ては(孫たちの)なんと手がかかることでしょう。不審者情報による学校への送り迎えだけでなく、夏休みになれば、大きくなった分、それぞれの行き先が違ってきて、県外を含めてのその送り迎えにあたらなければならないのです。反面、今の時代の子どもたちは、夏休みにおいても、こちらの働きかけ次第でどんな意義深い体験や出会いでもさせてあげることができる時代ともなってきているようにもおもわれます。

孫たちもこの夏休み、よき体験や出会いをさせていただくことができました。孫たちのそんな一端をご紹介させていただきたいとおもいます。夏休み早々の暑い真夏日の7月23日、小学5年の孫が、二泊三日の京都知恩院での「宗門子弟教養講座」に参加するための知恩院までの送迎から始まりました。一人で行けるよと本人は言うのですが…。このご時世、何かがあればとつい思ってしまうのです。この講座は仏教や浄土教の入門を学ぶ5年生から中学生を対象とした衣・作務衣を着用が条件の半ば本格的な講座でした。

後日、送られてきた全国の浄土宗の方々を対象とする新聞・「浄土宗新聞」には、大きな見出しに副えられてー お寺の子どもたちの夏休み ーと書かれていてちょっと笑ってしまいました。しかし、‘来年も きいやー’と別れ間際の子どもたちへかけてくださったお坊さんのやさしい京言葉が今も心地よく耳に残っているのです。「宗門子弟教養講座」が終わった翌々日から始まった、加賀の「市の谷でのサマーキャンプ」。石川県県民の森近くの市の谷を中心とした、心から信頼し、慕うボスやスタッフのもとで海に行ったり、山に登ったり、サバイバルな体験も含めてたくさんの自然体験をしてきたようです。毎年参加させていただいていて、孫にとってはどこよりも一番行きたいところ。そしていつも心から待っていてくださり、いつまでいても帰りたくないところのようです。8月3日までの長丁場でした。

そこではこれまで‘引きこもりの青年たち’を対象とした活動とも取り組んでこられていて、今回その取り組みがテレビの全国放送で紹介され、大変な反響をよんでいるとのことです。それだけたくさんの方が引きこもりで悩んでおられるということなのだとおもいます。

◆海湖(うみ)の自然学校

そして、ようやく今年は参加することのできた8月17日から8月23日まで行われた「若狭湾青少年自然の家」主催の「海湖(うみ)の自然学校」です。今年の企画は内容的にも昨年と少し変更されていて、対象学年は5年生から中学生で対象人数も16名と少し減らされていました。「若狭青少年の家」は国立ですので全国の子どもたちが対象となります。またまた狭き門になりそうです。

‘子どもへの活動には、少し努力すれば手の届くくらいの高めの目標を置くことが好ましい’ということをどこかで聞いたことがあるのです。しかし、今回の「自然学校」の活動内容は、孫にとってはそれどころではなくずっとハードルが高いように思えました。

三方五湖探索の30キロあまりのサイクリング。そして三方五湖に関する専門家によるレクチャー。これまで全くやったことのないシーカヤックでの三方五湖や若狭湾巡り。久々子湖畔や常神半島でのキャンプ!大変なサバイバル的内容もたくさん含まれているようです。ちょっとハードでは?とも思いましたが、‘きちんと補佐するから大丈夫です’という担当の方の言葉に、小さい時から海大好きの孫にとってこれがきっかけで「若狭湾青少年自然の家」とのつながりができたらという思いもあって安心してこの企画に再応募。その念願かなって今回はようやく参加することができたのです。

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