◆治療教育のレッスン

引き続いて脇坂氏の『子どもの発達と治療教育』の<1.治療教育のレッスン>と<2.天文学のメインレッスン>をご紹介いたします。

× × ×

治療教育の主要授業では、ルドルフ・シュタイナーが1912年にシュタイナー学校のために与えたカリキュラムが、そのまま用いられます。子どもが発達上の障がいを持つ、持たないにかかわらず、子どもが生まれてからの暦の上での年令に同じように従います。

このことを踏まえ、1940年にスコットランドで最初のシュタイナー共同体と治療教育学校を創設した、医師カール・ケーニッヒは、治療教育の授業を三つのステージに構成しました。中心になるものは、メインレッスン、ふたつ目はセカンドレッスン(支援教育)、そのはざ間を縫ってエクストラレッスンと各種セラピーがあります。そしてこれらを支えるものは、子どもがまさに生きている全生活です。治療教育とは、ひたすらに魔術的な奇跡を求めるものではなく、ありきたりの地道な日常生活の中に、営々と息づいているからです。
  
第1のステージとして、メインレッスンは子どもの暦的な年令に随います。これについて、カール・ケーニッヒは、次のように述べています。         

「スペシャルケアを必要とする子どもたちの学校教育は、どのように確立されるべきだろうか。繰り返し繰り返し、私はこのことを問い続ける。

第1に、子どもたちには、彼らの高次の自我に話しかけるような授業がくり広げられるべきである。なぜなら、このことによって、彼らの高次の自我は、障碍を持つ子どもたちの、下位の乗り物である感覚体、生命体、身体に下降して働きかける。そして子どもに、確かな力と方向づけを与えることが出来るからである。

そのためには、子どもたちが、彼らが属する民族のひとりであり、全人類の一員であることを感じることのできる授業の展開が必要である。それは、彼の周りの自然を経験することであり、有機体としての地球、植物群と動物たち、そして彼自身の身体が、ひとつの有機的組織体であることを体験し学ぶことに他ならない。(神話、伝説、歴史学、動物学、植物学、博物学、生理・・・)          

次に子どもたちは、人の歴史の展開の中で繰りひろげられる過去そのものの担い手であることを、感じなければならない。このことによってのみ、子どもたちは、人類の進化の輪の中に生きている自分自身を感じとることが出来る。(・・・伝記、歴史学、地理学・・・)        

これらは、治療的な観点からでなく、純粋に教育的な方法でなされなければならない。9才から先は、ルドルフ・シュタイナーがヴァルドルフ学校に与えたカリキュラムに従って、健常な子どもたちと同様の課程が、正確に行われるべきである。
                                     
なぜなら、このような子どもたちの高次の自我は※、健やかに成長しつづけ、何ひとつそこなわれることなく、完全な姿のまま、そこにあるからである。」

第2番目のステージについて、ケーニッヒは続けます。                  

「セカンドレッスンは、子どもの暦的年令に従わず、純粋に治療的な教育方法によって、なされるべきである。たとえば、書き方、読み方、数の概念、ペインティング、図工、粘土、音楽、オイリュトミー、体育等々は、治療的な要素がその中に育まれるようになされるべきである。なぜなら高次の自我は、子どもの感覚体、生命体、身体の鞘の制限の内側で、その内的な可能性を繰りひろげることが出来るからである。                                    

このことは、区別の始まりであり、暦的な年令は意味を持たず、ひとり一人の子どものみが、考慮されるべきである。つまり、生活年令ではなく、発達年齢が、より重要である(支援教育)。」と。

上の2つのことを、ケーニッヒは次のように要約します。                

「9才以上のすべてのクラスについて、2つのグループ分けがなされなければならない。メインレッスンは、暦的年令に応じて、先に述べたヴァルドルフ教育のすべての教程を含みながら。そこでは、教師は過剰な書き取りや板書を避け、生き生きとした想像力と言葉の中に身を置く。」 

※宇宙を、子どもたちに届ける授業

教育芸術~実践芸術               

「セカンドレッスンでは、知的発達年令に応じて、幾つかのグループに分けられる。そこでは、治療教育者が、教師と同様に子どもたちを教えるべきである。」   

※メインレッスン=高次の自我
セカンドレッスン=地上の自我                                    

「このことは、14才まで行われ、それ以降は、新しい編成が来る。教師と治療教育者は教科の担任にこれを引き継ぐ。彼らはひとり一人の子どもにとって必要なことを判断してそれに応じ、読み書きや計算、クラフトなどは、今までとは異なった観点から取り上げられる。これらの事柄が人間の生活にとってどういう意味を持つのかが、特に考慮されながら(準備教育)。」

第3のステージとして、エクストラレッスンと各種セラピーへの取り出しがあります。エクストラ・レッスンは、シュタイナー教育の現場から発信され、世界の教育の場で、さまざまに工夫されながら、取り入れられています。いまのその子にとって何が問題で、どういう働きかけが必要かということを考えながら、基本的には1対1のセッションを持つという形で行われます。その子の年令や情況に応じて、様々なレッスンの技術が、数多く編み出されてきました。それらは、レシピ―として個々ばらばらに用いられるのではなく、子どもの発達上の問題点を深く見極めながら、人智学的知見のもとに綜合的に運用されることが、とりわけ大切です。

イギリスでの興味ある経験として、次のようなものがありました。10才の小頭症、ADHD傾向の男の子の場合でした。朝の授業がはじまる前に、先生といっしょに、森の中の木の枝を拾って、一輪車で運ぶという単純な作業でした。朝早く身体を動かすということ、森の冷気で身を洗うということ、落ちている枝を注意して捜すということ、一輪車を動かすということ、そして一輪車の上にその成果が山積みになって目に見えるということ、自分が行なっているこの作業がみんなの役に立っているという思い、そういったことが、相乗的に効果を挙げていました。これも、工夫されたエクストラレッスンのひとつです。確立された定型的な手法に限らず、生活の中でさまざまな工夫が考えられます。

2.天文学のメインレッスン

今日行なうものは、治療教育の場での、メインレッスンのひとつの模擬的授業です。6年生で行なうエポック授業としての天文学は、毎日1時間半から2時間、3週間から5週間をかけて行ないます。

いわゆる自然科学系の内容では、4年生から動物学を、5年生で植物学、6年生で鉱物学が入ってきます。これは、人間を構成している要素のうち、情動の力、いのちの力、物質の力という順に、下降して学んでいくという人智学の体系にも基づいています。

6年生では、鉱物という地上の外界、そして天体という地球外の外界に眼を向けます。同時に幾何学にも入り、コンパスを用いて円を描きます。音響学の後に行なう光学では、色の世界が、光と影の中から生まれることを、実験的に体験します。コンテを使って、画用紙に白と黒の関係を表現します。

その中で行なわれる天文学は、それらを受けて太陽の色の世界(色環)、光と影による月の満ち欠け(明暗線描)、太陽系の惑星の動きと丸い姿(幾何学)、その彼方から響いてくる遠い星々の物語(音響学、神話)などが、一体となって壮大なドラマを展開していきます。

このことは、壮大な外界に眼を向けると共に、地球という小さな星に生きている人間を含む生き物たちに、眼差しを向け直すことにつながります。

治療教育の現場の子どもたちは、これらのことの本質を、驚くほど良く知っています。もちろん、知識としてではありません。彼らの内側深くに、あるいは上空に息づいているこの神秘を、彼らの高次の自我に呼びかけるように、私たちは授業を行なっていきます。

思考の力に直接訴えかけることを避け、深く体の中に打ち込むように。生き生きとした想像力と言葉の中に身を置くために。歌、リズム、お手玉、詩の朗唱、床フォルメン、手足の運動、オイリュトミー、ストーリィテリングなどを。

メインレッスンのこのドラマは、担任が良く知っている子どもたちの息づかいの中で展開されていきます。

6年間子どもを預かってきたクラス担任は、ひとり一人の発達上の問題点について、日夜考え続けています。子どもたちの過去の姿や、これから達成して行って欲しい将来の姿を思い描きながら、授業の準備を進めて来ました。この子にはこういうやり方が、あの子にはこの方法が・・・という具合に、ひとり一人によって良い接近の仕方が異なりますが、クラスの全員をひとつの呼吸、共通の場面に巻き込むことがここで必要です。

参加者の皆さんは、11、2才の少年、少女に戻って授業に参加して下さい。3週間ほど行なわれる天文学メインレッスンの、入り口のひとこまに、佇んで下さい。いま皆さん方は、理解の早い大人では決してなく、種々の発達上の問題を抱いている子どもたちです。ゆっくりと、ていねいに、深くやっていきましょう。 

文責 脇坂安郎

関連記事
あわせて読みたい