新学期も始まって、1カ月はすでに過ぎました。学校では子どもたちは新学期の学校生活にも慣れ、すっかり落ち着いて学校生活と取り組んでいることと思います。

保育園勤務時代、毎年のことですが、手塩にかけて育て、ようやく年長さんとして立派に育ち、保育士にとってもいろいろな面において頼もしく、頼りに思えるまでに成長した園児も、卒園の時には卒園児として送り出さなければならないのでした。

そして新年度を迎えると、それまでの年中さんが、全園児の最年長児となり、また1年をかけていろいろな役割を果たしていくことになるのです。

様々なことをそれなりに立派に果せ、保育士にとっても頼もしく思えるまでに成長した年長さんが卒園してのすぐ後のことですので、この時季の年長さんはまだなんとなく頼りなげで、大丈夫だろうかと思えることも多い時季でもありました。しかし、日を重ねていくなかで、ふと気が付くと、またいつの間にかすっかり、年長さんらしくたくましく成長していることに気づかされるのでした。

武道学園での剣道教室も新年度の稽古が始まりました。

新しく加わってこられた新1年生の可愛いこと、可愛いこと。そばに行って抱きしめたくなるくらいです。

館長先生はじめ指導される先生方の顔も緩みっぱなしです。稽古のはじめにしばらく全員一緒になって稽古する時間があるのです。今年からでしょうか、新1年生がその稽古に加わることになったのは。新1年生も加わったその稽古の時間に、体のとりわけ大きい館長先生をはじめ、高校生など高学年の子どもしか教えたことがなく、あまり小さい子の指導をしたことにないという先生方も新1年生と一緒になってスキップをされている光景を拝見していると、見学している保護者の私たちもついその微笑ましい光景に引き込まれて、頬が緩んで仕方がないのです。

最年長者として、みんなの最前列に立って、稽古の号令をかける孫たち6年生は、頑張って体の底から声を出し、一生懸命やっているのですが、昨年度の実に頼もしかった6年生の子らをつい思い出して、まだなんとなく頼りなげに思えてしまうのです。そして、新一年生の子らを見て、あんな可愛い時もあったのだろうかと、来し方を振り返り、その成長を感慨深くおもわずにはいられないのです。

5,6年生で一つのグループになって稽古にあたりますので、毎回の稽古や試合など、一緒に行動することが多くなります。また特に団体戦に何度か参加することにより、そうした中で子どもたちの連帯感も一層強くなっていったのでした。先生からの指導だけではなく、そうした試合や団体戦に参加することによって一人一人がチームの中の重要な一人としてその在り方やみんなのために強くなりたいという思いも、先輩としてのやさしさや、時として厳しい助言を通して学ばせていただいていたようでした。個人戦であっても試合の時は、先生はじめ、先輩のみなさんが必ず試合を見ていてくださって、試合に負けて涙する時には、みんなが集まって励まし、アドバイスする光景も何度も見せていただいたことです。そんな子どもたちのつながりをいつも感謝の思いで見させていただいていたのでした。子どもだけではなく、お母さんたちとのつながりも、試合でのお手伝いや、寒稽古や、暑中稽古のあとの子どもたちへの餅つきなどのお楽しみのお手伝いなどを通じてお互いが負担にならない配慮の中でつながりも深められてきたのです。私のような年長者であっても、年長者としての経験を立てていただき、何の気おくれもなく親しく交わらせてきていただいているのです。

5、6年生にもなると先生に負けないくらいに体も大きいお子さんもおられていて、剣道着や面を付けて全神経を集中して真剣な面持ちで稽古や試合に立ち向かうお子さんたちを見ると、本当にこちらも襟を正して見上げる思いが致します。しかし、いったん試合や稽古が終わって、あるいは道着を脱いで家の人の迎えを待つ間までの(迎えがあっても少し待たせながら)、わずかに空いた時間を惜しんで遊びに興ずる姿は、誰もが皆まだかわいい小学生に返っているのです。その変身ぶりにいつも驚かされたり、笑わされたりしてしまうのです。

館内では走ったり、暴れたりすることが禁じられてはいながらも、広い館内でのかくれんぼや、階段を利用してのじゃんけん遊びや、待合椅子に座って、それぞれの学校ではやっているらしい手遊び、言葉遊びなど、何もなくても遊びはいろいろと展開され、飽くことなく続くのでした。

そんな彼らのこれまでの後輩の子らへの心配りに対して、卒業にあたり是非に何か感謝をしたいと思いました。感謝としてのプレゼントとして彼らには何が一番いいのかはわかっていました。それはものではなく、みんなで一緒に遊べる時間をたっぷりと提供すること以外にはないのです。しかし、それぞれが卒業式、入学式を控えていて特に忙しい時期、果たしてそんな時間を持つことができるのか、そして、もし計画しても実際にはどれだけのお子さんが参加できるのか、などの心配もありました。

その思いを打破するために、はじめに、お子さんたちに打診してみました。すると一人の子から‘僕たちはいつでも暇です’という返事が返ってきました。みんなで電車に乗って○○ランドに出かけたいという希望も出ました。しかし、今回は近場でということで、‘健康の森で一日好きなことをして遊ぶ’と、半ばこちらで一方的に決めた計画でしたが実行に移すことにしたのです。

県外遠征の日程が入っているお子さんやそれぞれ予定があるお子さんもおられましたが、みんなが参加できる日を選んで、それぞれのお母さんたちが連絡し合ってくださって、当日は6年生全員が参加してもらえたのです。幸運にも、その日の前後は雨だったのでしたが、その日だけ良いお天気に恵まれたのです。日頃の稽古ではしないグラススキーもできる状態でしたし、山の中に入って山を駆け巡るのも考慮に入れていました。しかし、広いグランドも空いていましたので、結局は朝の10時から食後もずっと続けてみんなで飽くことなく野球に興じたことになったのではあったのです。気比高校優勝の影響もあったからでしょうか。おうちの方たちが、勤めが終わって迎えに来る5時頃まで遊び続けていたのです。それでもまだまだ遊び足りないようでした。

これまで私は自称‘行事の渡り鳥’とも思えるほどに寺や保育園でさまざまな行事と取り組んできました。しかし、今回は下見や不意の怪我などに備えての準備や心づもりはしていても、特別に仰々しい計画や準備は何もしなかったのです。それゆえにか、早めにお迎えに来られたおばあちゃんは、そんな長時間をよーく子どもたちを受け入れることができると不思議に思われたそうです。もちろん、子どもたちへのそれまでの信頼もあってのことです。おかげ様で何事もなく、それまでにはない、ゆったりと身も心も充実して過ごすことのできた一日でした。

彼らは中学になっても剣道部で剣道をそのまま続ける子もいれば、剣道をいったん止めて違う部での活動を選ぶ子もいるのです。しかし、違う部を選ぶ子の中には、校区の中学には剣道部がないからやむを得ず剣道への思いを断念して違う部を選ばなければならないお子さんも少なくないというのです。それがとても問題なってきているのだというのです。また校区の中学には剣道部がなくて、それでもどうしても続けたい人は、行きたい学校へ入るためにはいろいろな手続きをしなければならないともいうのです。今日ここに参加されたお子さんたちは、校区の中学校に剣道部があったから、あるいは、ないが剣道を続けたいから続けられる学校を選んで、あるいは剣道部がないので断念して、剣道部はあっても違う部活にと、こうした問題をそれぞれにクリアしてそれぞれの中学を決定されているのです。

こうした問題を知ったのは孫がまだ小学4年生の時でした。孫が行くべき校区の中学には剣道部がないということを知っている先輩の子らから剣道部のある中学へのお誘いをいただいていたのでした。‘まだ4年生なのに・・・。こんなに早くからそんなことを考えなければならないのだろうか…。’当時はまだそんな思いでしかなかったのです。

しかし、今ではすでに目の前に迫っているその問題は、当人にとっては私たちが考える以上に心にかかる思いのようです。

校区以外の中学校に通うということは、距離的にさらに遠くなるのです。そうすると、そうした中学校までの毎日の送り迎えのことを考えなければならないのです。我が家にとっては、そうした送り迎えは現実的に不可能なことは明らかなのです。私たちには剣道に関してしかわからないのですが、しかし、これは剣道だけではなく他の面においてもこうしたことで悩まなければならない人がたくさんおられるはずです。

私は実に簡単に考えていました。今も半ばそう考えてはいるのです。家族の立場にたって、送り迎えをしなければならないこともありますが、 ‘校区内の学校に行って、やりたいことがあればまた違ったことに取り組むことも悪くはないのではないか’と。‘そしてどうしてもやりたければ、その中でやれる方法を探して、やっていくのがベストではないか’とです。

しかし、何をおいても剣道を優先して一生懸命になって取り組んできたこれまでの本人にとっての6年間という月日は、‘中学校には剣道部がないから中断して、また新たなことを一から始めなさい’ということでは済まないようです。

6年になって、同学年の子が急に練習に出て来なくなりました。彼がいるから団体戦でも一緒に戦えると最も心から頼りにしていた友達でした。同じ中学に進むことになるので剣道部がないのです。ですから、そのことが理由なのか、もうすでに違うことをやり始めていて、いまだに練習には出て来ないというのです。孫にとってはとてもショックで、これからの試合は一体どうなるのだろうという心細さが一層増してきているようです。

これが大人の私たち自身の問題であったときにはどうなのか、そう思ったとき、まだ小学生だからと大人目線だけで見るのではなく、真剣にその立場になって考えてやらなければなければならない問題であることに気づかされたのです。

部活に入ると、部活にもよるのでしょうが、何々と掛け持ちという甘さは現実的に難しいことが多いというのです。部活での在り方が中学の学習や進学にも影響することも多いともいわれているのです。

今日においては、 ‘中学に入る’ということだけでも、なんと難しい問題が横たわっているのでしょう。我が子の時代にもこんな問題があったのでしょうか。それは、ただ知らなかっただけのことだったのでしょうか。

こうした問題に対して、保護者の立場からのいろいろな要望が出されていたり、剣道に関わる人たちからのよき解決の方法がいろいろと提示されてきているそうです。しかし、いまだにそれらに対する解決は何もなされないままだというのです。

中学になると、部活があって、土曜日も、休みもほとんどないのだということは聞いていました。しかし、そのことを目の当たりにして思うのです。

いつから中学での部活がこのように、休みもなく熱心に行われるようになったのでしょうか。それはどういう理由からなのでしょうか。

何かと問題の起こりやすいこの年代、部活の名の下で、学校に拘束しておくことにより、問題も起こりにくくなり、この危険な時期を無事に過ごさせるためでしょうか。

それは、親にとってもとても安心なことだからなのでしょうか。

ただそれだけのことであるならば教師にとっても生徒にとっても大変なことです。人生にとっては大事なこの時期をもっと有意義に過ごさせる何か良い手立てはないのでしょうか。切にそう思われるようになってきました。

◆本当の学びや、学びの喜びを社会的支援として子らにも!

それにつけても、孫を通して思われることがあるのです。孫の剣道仲間のお子さんに、歴史、特にお城に関することに大変な興味関心を持っている子がおられます。お城から始まってその時代の、歴史内容への関心はもちろんのこと、細かな紋章に関するまで、まるで、筍の地下茎のように、ひとつのことから関心がどんどん広がり、深まっていって、それらに関する知識は、今では親も太刀打ちできないほどに相当なものだというのです。一つの道への入り口は万根に通ずる思いがいたします。

その子にとっては、いろいろな機関が時折行う、単発的な、子どものための○○講座的内容、などでは全く物足りないのだというのです。

NHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」から日本の歴史に関心を持ち始めた孫と、アニメから「お城」に関心が深まっていったその友達は、大人向けに行われる講座にも参加が許されれば参加させてさせていただき、学校での学びも伴って、ますます歴史への興味、関心は募っていっているようです。

福井市郷土歴史博物館が主催される歴史講座はもう何年前に始められたのでしょう。たしか、継体天皇1500年を記念して始められたように思います。『日本書紀』を読む。『古事記』を読む。・・・そして今は『太閤記』を読む。講座に、参加できる範囲ではあったのですが、私もわりと初期から参加させていただいてきていました。

そうした講座は、その道の深い学びをされた専門家の方々によって行われます継続講座ですので、学校の授業とはまた一味もふた味も違って、時間の制限にも捉われることもなく一講座が何年もかけて行われるのです。気持ち的にもゆとりのあるなかで、時には、その歴史資料に対する裏話や講師の方の本音なども含め、過去の歴史がより身近なものとして楽しく学べるように思えました。もちろん、あとでどれだけ理解できたかを問う試験や感想文が課せられることなどはもちろんありません。

ですから、こうした折角の講座です。高校生ぐらいのもっと若い方もたくさん参加されるとどんなにいいことか、実に惜しいことだといつも思って受けさせていただいていたのでした。

しかし、それは現実的に無理なことだったのです。中学生や、高校生には、そんな時間的ゆとりなどは全くないのです。今回の中学の部活に対する実情で、よーく理解できたのです。

今は、たまたま『太閤記』を読むです。孫にその話をすると、もちろん聞きたいというのです。‘小学生も一緒に受けさせていただいてよろしいでしょうか?’そうお聞きすると、‘いいですよ。受け継いでいってほしいですから是非に’という小学生でも受け入れてくださる度量の深い、積極的なご返事をいただけたのです。そして時間と関心の深い年配の方々ばかりのなかにまじって、うっかりすると、私たちでも今どこを読んでいるかわからなくなるような、少し難しいと思われる古文の資料にも、二人は楽しそうについていきながら学ばせていただいているのです。

とかく行政主催の講座はなぜか「往復はがき」で申し込まなければならないことが多いのです。どうしても受けたい講座であればそうせざるを得ないでしょう。しかし、このことが、たとえ気軽な思いからの学びであったとしても、学びの道への導きの妨げともなってしまうようです。

市の郷土歴史博物館の歴史講座も最初はそうでした。しかし、そうした面倒なことは、すぐにとっぱわれ、申し込みなしでも受講を希望する人にはすべて開かれていて、いつも椅子が足りなくなるほどの盛会ぶりなのです。そして、こうした度量の深さが何よりもありがたく思われるのです。

学びは、いろいろな制限のある学校教育の中での学びや、学力向上を目指す塾での学びだけではないのです。

老人ホームや、幼児教育や、障がい児教育などの内容において一般に見られがちな、ややもすれば無能力とみなされてのことか、そのときがご機嫌よく楽しくあればよいという、短絡的なもので満足させようとする傾向の内容のものでありがちです。そうした傾向を “ロンパールーム的”と称する人もいるのです。

小学も高学年になると、子どもによっては子どもだからといって決してあなどれないのです。子どもを対象とした子ども向けの内容のものだけではなく、少々難しくても本当の学びの機会が与えられることが必要であり、子どももそれを求めているのだということを今回のことではっきり知らされたのです。こうした社会的な講座が、子どもたちにも開かれていくと、子どもが望む“本当の学びや、学ぶ喜び”にきちんと応えることにもなるのです。

この少子化の時代、大人にたいする子育て支援がしきりに行われていますが、こうした、社会的なその道の専門家による「子どもの学び」への支援もあってもよいように思われてきたのです。そこでは、点数にこだわることもなく、子どもの心からの学びたい思いが満たされるのです。それぞれの専門の立場の方からの幅ある生きた学びの中で、子どもの興味や関心や、追求する思いが妨げなく伸ばされていくのです。そうした中でこそ本当の学びや、学びの喜びを子どもは体験していくことができるとおもうのです。そして、本当の学力はこうした中で培われていくようにも思われるのです。

これは、歴史の面だけに限ったことではなく、化石採集や、天体観察に行っても感じてきたことなのですし、他の様々な面においてもいえることと思うのです。採集したり、星々を見たりするだけでなく、そこに、それに関する講座を伴ってくださったり、単発的なイベントとしていろいろな講座を並べるだけでなく、継続的に計画的に行われれば、子どもたちの予定の中にも組み入れることができるのです。一方において理系、理系と叫ばれている今日です。そうした世界に興味関心を深めていく子もきっと多くなっていくように思われるのです。

2015年2月に出版されたばかりの『和食は福井にあり』という県外の方によって書かれた本を紹介していただきました。この本を読ませていただき、福井にはこんなに豊かな食文化があるのです。それを知って、こうした食文化を支えてきている人たちからの学びにも、福井の環境の中で育つ、福井の子らに是非に出会ってほしいと願わずにはいられないのです。

そうしたことへ関心を持った子らの活動が、何らかの形で学校の部活とも関連付けて認められるようになれば、子どもの様々な面への関心が、そうした学校の部活という限られた枠内にだけ納められてしまうのではなく、子どもたちの様々な世界への関心が生かされ、満たされ、そして継続して学んでいけることも可能になるように思われるのです。 「本来子どもたちにとっては学ぶことは喜びなのです」。‘障がい児に勉強はいらない’といわれたお医者さんがおられました。しかし、それらの子たちと深くかかわっていくと、どんなに勉強をしたがっていることかがわかってくるのです。その喜びがどこかでゆがめられてしまうと、勉強とは仕方なくするものとなって子どもを勉強嫌いにしてしまうのです。本来の子どもの学びへの喜びを満たす方法が理解できて、そうした本来への学びへの機会を与える一端がこの部活の問題にも深く関わっているように思えてきたのです。

関連記事
あわせて読みたい