「感情は「いのち」と非常に深いところで結びついている、ということを述べたいと思います。感情のことをシュタイナーの人智学の用語では「アストラル体」と言います。そして「いのち」というのは、シュタイナーの人智学の用語で言うと、「生命体」「エーテル体」のことです。
人間が感情を豊かにするというのは、人間の中のアストラル体を発達させるということで、いのちを豊かにするということは生命体を発達させるということなのですが、アストラル体と生命体とを結びつけることが、人間の健康のためにも、知的な活動のためにも、基本的に重要なのです。
シュタイナーの教育、シュタイナーの医学、シュタイナーの衛生学、心理学等々は、すべてエーテル体とアストラル体の関係をどうつけていくかが基本になっています。治療教育も同じです。
人間のエーテル体、つまり生きる働きは無意識なので、自由に作り変えたりすることができませんが、アストラル体ならそのエーテル体に直接エネルギーをあたえることができます。言い換えると感情が豊かになると、生命力も高まるのです。」(『自己教育の処方箋 大人と子どものシュタイナ―教育』―いのちに養分を与えるー 高橋巌著 角川書店より)

◆神秘劇観劇での出来事

『神秘劇』上演のご案内をいただき7月24、25日と会場である横浜市南区にある吉野町市民プラザ ホールに行ってきました。

『神秘劇』とは、四部からなる劇で1910年 ―1913年にシュタイナーによって書かれたものです。「この『神秘劇』にはシュタイナーの言いたいことのすべてが込められている作品なのでこれを読めばほかのものは何も読む必要がない」とまでシュタイナーによっていわれている作品だそうです。日本での日本語での上演は昨年に引き続き、今年は第1部のすべて11景が上演されました。

突然『神秘劇』という聞きなれない言葉が出てくると、それって一体何?という思いがされるのではないかと思います。

その『神秘劇』は1978年から1979年にかけて発行された『ルドルフ・シュタイナー研究』第1号から第3号にわたって、その第1部のすべてである11景を、石川県山中のご出身の新田義之氏によって訳されたものが掲載されているのです。そしてその4号(1979年12月15日発行)にはシュタイナーが論じた「神秘劇第一部の理解のために」の文章を訳されたものが掲載されているのですが、この研究誌の発行はこの第4号までで、それ以後には発行されていないのです。(多分もう絶版ではないかと思います)。

その期間誌を幸いなことに私も随分初期に入手していたのです。それ以来『神秘劇』は何かと気になり、これまでなんとか読破したいと思いながら、なかなか手を付けられずに今日まで来ている作品でもあったのです。

日本の上演が可能になる前には、『神秘劇』に深い関心を寄せている方々によってシュタイナー思想のメッカともいえる、スイスのドルナッハに出かけられて、その4部劇のすべての上演を見て来られているのです。その度に私もその観劇のご案内をいただいてきていたのです。それが思いがけずも、一部ではあるのですが、昨年から日本での上演が可能になったのです。

折々に必ずご案内くださるのは、ドイツの施設巡りの案内をしてくださって、福井にも何度か講演に来ていただいていた香川裕子さんという方です。この‘うんちく’でも以前ご紹介させていただいていると思います。その香川さんが、その劇を全訳され、昨年からその一部を日本で、日本語で上演できるようになったのです。

日本での神秘劇上演が可能になったのは、『神秘劇』に大変造詣が深く、今年も来日され、『神秘劇』についての講演されたドイツのキリスト者共同体の司祭でおられるデーブス氏の強力な奨めもあってのことでもあったそうです。もちろんその実現には、日本にその奨めに十分に応えられるだけの力を持ったスタッフの方々の存在があったからだということはいうまでもないことです。

先日香川さんからいただいたメールには「あのようなことができたのは奇跡としか思えず、本当に、人の集団の善き意志のある所には高次の世界からの助けも来るものだな、と実感しております。」と書かれていました。『神秘劇』については、いつかまた皆様にご紹介できる日があればとは思っております。

これまで何かとお世話になってきているデーブス氏にも是非にお会いしたい思いもありましたし、その講演内容も前々からお聞きしたいと思っておりましたので前もって参加申し込みをしておいたのです。しかし、期日が差し迫ってきて宿泊先を決めるにあたって、会場は横浜であって、横浜は私にとっては不案内な所であったということにようやく気が付いたのです。上演終了の時間も遅く、暑い夏の日の事、遅い時間に不案内な土地でうろうろする体力や気力にも到底自信がなく、やむなく参加を一旦お断りしたのです。

しかし、『神秘劇』の翻訳者という立場から今回の上演ではその全責任を担っておられ、当日は、いつものようにデーブス氏の『神秘劇』についての講演の通訳も担当されているという重要な責任を担っておられる大変な中で、香川さんご自身が。“参加しないなんてもったいない”と私が安心して参加できるようにとご自分のお住まいの近くのホテルを取ってくださり、会場とホテル間の道案内までかって出てくださったのです。そうした実に有り難い(・・・・)ご配慮があってようやく今年横浜での上演に参加することができたのです。

ところがです。湘南のホテルに迎えに来てくださった彼女と電車を乗り継ぎ、会場に向かう電車を降りようとした時になって初めて、私のバックがないことに気が付いたのです。電車はどの電車もとても混んでいて、席が空くと私を座らせてくださり、いつも座っている私の前に立っておられた彼女でしたが、その彼女もバッグがなくなったことには全く気が付かなかったと言われるのです。

今回の上演において大変な責任ある彼女には、会場に急がないともう時間の余裕はありません。‘悪いけれど加藤さん一人で急いでJRの駅まで戻って!’と、JRの窓口に戻って確かめてくるようにと強く促されたのです。しかし、その時、私には、こんな大都会のあんなに混んでいる電車の中で失くしたバックが出てくるはずはない。今回の旅行での全財産や携帯やいろいろな証明書や帰りのチケットも入っているには入っているのですが・・・。でも日頃からカード類は持たないし、「しょせん‘物’だから」とすぐにあきらめて、それよりもデーブス氏の講演の方が気になっていて、その時には、引き返すつもりはなかったのです。

しかし、香川さんの“戻って!”、という更なる強い促しに、地下鉄に一人乗って引き返し、JRの窓口まで行き、事情を説明して、こちらからの連絡方法を教えてもらい,紛失物の手続きをして、朝のようにまた地下鉄に乗って会場に向かいました。どこで失くしたのかわかりませんので、その地下鉄でも降りる際に念のために事情を説明して手続きをしていただいておきました。

そして、劇の休憩時に会場の公衆電話で、自分の携帯に電話をしてみると、しきりにコールに応じているのです。一体私の携帯はどこでこのコールに応じているのでしょう。そのコールに応じている音を聞いた時、その携帯は単なる物ではなく、命ある愛しい子どもがまるで私の迎えをひたすらどこかで待っているような思いに駆られてきたのです。

そして、そのとき初めて、できることの限りを尽くさなければという思いに駆られたのです。今回、その会場でお世話をされている方のご厚意で上野の駅の連絡先に電話してみていただきました。

バッグや中身について詳しく聞かれた後、そのバッグに該当すると思われるものを上野駅で預かっているというのです。一瞬耳を疑いました。そして深い安堵の思いがしました。何か身分証明となるものを持って上野駅まで取りに来るようにとのことでした。身分証明となるものがなければ、バッグは渡してもらえないというのです。しかし、証明となるものはすべてそのバッグに入っているのです。そして帰りのチケットは、たとえ買ってあっても再購入しなければならないというのです。全くの無一文となっていましたが、幸いなことに、朝、香川さんに今回の公演で何か必要なことに使ってくださいとお渡ししたお金を戻してくださっていたので、それで買うしかないのです。

これまでのいろいろな困った事例を挙げて、JRはいつも官僚的なところがあるので、駅に行って掛け合ってきた方がいいとか、周りで、いろいろとアドバイスしてくださるのですが・・・。当の私には体力や気力なんてもう全くありません。とにかく早く福井に帰りたいのです。

そして、もう一度その駅に電話をしてよく聞いてみるとバッグは帰って何か証明書を持って福井の駅に行けば、自宅に送ってもらえることも可能だというのです。上演が終わり、今回上演された方々の意見交換を半ばに心残りもありながら会場を後にしました。最寄りの駅へ行き、切符を買う前に、一応改札口の駅員さんに念のためにこれまでの経過をもう一度説明させていただきました。

そのとき対応してくださった駅員さんは、やはり、その駅の電話で担当された人の話と同じ内容で、身分証明書がなければ荷物はもらえず、帰りの切符も買っていただきたいという、JRのルールにのっとった立場で半ば気の毒そうに話されました。

今の時代、どこへ行っても人間が人間を信用できない時代となってしまっていますので、確かな身分証明書が必要なことは十二分に理解できるのです。‘それでは仕方がない切符を買いましょう’と思ったときに、‘どうされましたか?’と別の駅員さんが来られて聞いてくださいました。それで先ほどの説明をもう一度聞いていただきました。

すると、最初に対応してくださった駅員さんとちょっと話をされ、‘駅員としてできる何かよい方法がある’といわれるのです。そして、上野の駅とでしょうか連絡を取り合いながら、実に長い時間をかけて書類を書いてくださり、切符は買わずに帰ることができたのです。その手続きをしてくださっているとき、‘僕も福井の鯖江です’と言われたのです。それをお聞きして、まさに“地獄で仏”の思いでした。

人の行き来の多さは、さすが都会の駅の改札口です。改札口にいると実にそのことがよくわかります。こうした中で、よく起こるであろう、今回の私に起きたような出来事にいちいち情をかけていては仕事が成り立たなくなるのは一目瞭然です。今回も大勢の改札口を行き来するお客さんたちに支障を生じさせないために、すぐに支援の駅員さんが来られて業務にあたられました。そうした事情はわかっていても、当事者の身になればわかっていても何か割り切れない思いがするのです。そんな中でのその駅員さんとの出会いは、しかもその方が福井県出身の方であったということが、なによりも本当にうれしく思えたのです。

帰って、もう一度上野の駅に電話をして、福井の駅に身分証明書となる運転免許書をもって手続きをしてきました。私にとっては大切なものが入っていて、バックがないと困ることを十分に理解してくださってか、予想以上の速さで荷物が、何の損傷もなく無事手元に届けられました。本当に今回のような有りがたい(・・・・・)こと(・・)は、世界のどこにおいてもありえない、日本においてのみありうることだとほんの先日、何かで耳にしたところでした。しかし、ちょっとの気の抜けようで、こんなにたくさんの人に迷惑をかけながら、無事手元に届けていただけた皆さんの温かい思いに心からの感謝以外ありませんでした。

福井出身の駅員さんには、本来の福井人が良い意味で持つあの温かさが感じられ、最初の都会的クールさが感じられた駅員さんとは対照的であったように思われました。汗を流しながら一生懸命書類を書いてくださっている駅員さんの様子を斜めに見下ろす状況で、よくやるなあという思いからでしょうかちょっと顔に笑みを浮かべ見ておられました。それでも、何か方法がないかと福井出身の駅員さんと一緒に考えてくださったというからでしょうか、本来はその心の奥にありながら社会という仕組みの中にあって失われようとしていた思いが、福井出身の駅員さんの温かい思いが、その駅員さんにもその行為を通して流れ、伝わったのかのようにも思えました。

なにかと殺伐で義務的となりがちなあの都会の改札口で一番困っているときに福井の人に出会えるとは、それは、まるで、厳冬のさなかそこだけが雪溶けてまつゆき草の花が咲いたり、野イチゴが実るという『12の月のおくりもの』の話にあるように、本来の福井人の温かさによってそこがぽっと温たまり、その温たまった空間が、周りの人をも温める様子に、近代自然科学にのっとった社会のなかでの人の在りようと、それだからこそ人智学が目差そうとしている社会の在りようを目の当たりにしたようで、目を見張る思いでした。そうした状況の中にあっただけに、そこに福井の人の在りようの根底にあって、しかし、私たち福井人であってもなかなかそのことを意識して捉えることのない福井人の本質を見た思いがしたのです。

そういえば、私たち福井の人は霊峰白山を仰ぎ、九頭竜川の流れの恵みをいただくという風土の中で生活を営なませていただいているのです。

以前、ドイツから来られたシュタイナー幼稚園の先生を白峰に案内した折、九頭竜神の真身である白山曼荼羅の白山妙理大菩薩(菊理媛)を目にしてとっさにその本質を“アストラル体ですね”と見抜かれたことや、白山信仰に造詣の深い知人から、‘菊理媛’のきくり(・・・)は言霊的にくくり(・・・)でもあって異質のものをつなぎ合わせる働きがあること。その本地仏である十一観音は、女性原理の働きであって、慈愛、慈悲(ソフィア)的意味があることを教えていただいていたことが思い出されてきたのでした。

◆感情の役割

ふとシュタイナーの言葉が思い浮かんできました。

「現代は主知主義の時代です。この主知主義の基になる知性という魂の働きは、人間の内面に深くかかわることができません。だから知的な人のことを冷たい人と呼んだりするのです。社会生活についていえば、主知主義は人と人とを隔ててしまいます。教育や授業の中での主知主義は子どもの心を麻痺させてしまいます。(『子どもの教育』筑摩書房)。
「感情の在り方は、人間生活の全体を考えるとき、いつでも真ん中にあって、両極端を媒介する仲介者、すなわち仲人役なのです。いつも違うものを二つ連れてきて、関係をつけるのが感情です。人間の生き方全体にとってのそういう感情の根本的な役割というものを考えますと、感情の教育がしっかり育っていないと、意志がどんなに強くても、思考がどんなに活発でも、その人はどこか一方に偏って、全体的な統一した人格が育ちにくいのです。その間の感情の温かいエネルギーが流れていきますと、その思考も温められて、みずみずしいものになりうるし、その意思も盲目的ではなく、開かれた明るい方向を目指して進めるのです。」(『シュタイナー教育を語る 気質と年齢に応じた教育―教育における感情の役割―』 高橋巌著 角川選書より)

日本での“神秘劇上演”への上演される方々から流れ出る熱い思いや、新横浜での駅員さんからいただいた温かい配慮にすっかり元気づけられた私のエーテル体は、おかげで家に戻ってもいつものように寝込むこともなく、元気に過ごすことができたのです

ちょっと横道にそれたように思われるかもしれませんが、今回の体験は人間にとって、あるいは7歳から14歳の成長期において育まれるべき“感情の教育” の重要性をまさにまざまざと体験させていただいた思いです。“歯の生え代わり”が目安となる幼児の成長の終わりから、さらに引き続いて成長期へ引き継がれていくのです。そして、いよいよこの時期からは知的学習をはじめてもよい時期に入るのです。ですから小学校に行って学習が始まるのです。

次回では、その成長期について、幼児の成長期を振り返りながらさらに進めていきたいと思います。