【“生かされている命”に向き合う そしてその育み 】
<シュタイナーの人間学に基づく7歳から14歳まで子どもの教育>

◆7才からのエーテル体の教育について

「誕生以前の胎児は、周囲を母体に保護されており、単独で外なる物質界に接触することはない。母親の肉体がその環境をなしている。母親の肉体だけが、発育を遂げつつある胎児に作用することができる。肉体の誕生とは、母体という莢(さや)が取れて、物質界の環境に直接さらされる、ということである。感覚が外界に向かって開かれる。それとともに、外界がこれまで母親の胎内に包まれていた人間に直接影響を及ぼすようになる。

霊学という霊的な世界認識の立場からすれば、肉体の誕生は、直ちにエーテル体(もしくは生命体)の誕生なのではない、この世に生まれるまでの人間は、母親の胎内にいるが、同様に、歯の生え変わる時期、つまり7歳までの人間は、エーテルの莢とアストラルの莢に包まれている。歯の生え変わる頃、エーテルの莢からエーテル体が誕生するが、アストラルの莢はその後も、思春期が始まるまで、同じ状態を維持する。」(『シュタイナー コレクション1 子どもの教育 』―教育から見た肉体とエーテル体とアストラル体― より 筑摩書房)

そしておよそ7歳から14歳の成長期にあたる子どもの教育について、同じく(『シュタイナー コレクション1 子どもの教育』-7才からのエーテル体教育― 筑摩書房)では、シュタイナーは更に次のように述べているのです。

「歯が生え変わる頃から、エーテル体はエーテル外皮を脱ぎ捨てる。そしてそれとともに、教育を通してエーテル体に外から働きかけることのできる時期が始まる。それでは、どうしたら外からエーテル体に働きかけることができるのか。

エーテル体の育成と生長とは、傾向、習慣,良心、性格、記憶力、気質などの育成、発達のことであるが、そういうエーテル体を教育するには、具体例による想像力への働きかけが有効である。7歳までの子どもには、模倣することのできる具体的な手本を与えねばならないが、歯の生え変わりと思春期との間の子どもの環境のためには、子どもがその環境の意味や価値にしたがって生活できるように、価値にあらゆる配慮をしてあげることが必要になる。有意味なものが大切なのである。想像力が、生き生きとした形象や比喩に支えられて、エーテル体を活発に働かせるとき、エーテル体の力は発達する。抽象的な概念は、成長しつつあるエーテル体に正しく作用することができない。直観によって把握できるものが必要なのである。知的、道徳的な内容を直観させることこそが、この時期の正しい教育行為なのである。それゆえ、特別大切なのは、われわれ自身が子どもの中に望ましい知的、道徳的な力を喚び覚ますことのできるような、そういう教育者になることである。幼児にとって模倣と手本が教育のキーワードであるとすれば、今問題としている年頃の場合には、つき従うことと権威を持って臨むことがそのようなキーワードとなる。

権威を押し付けるのではなく、おのずと生じた権威を子どもが直観的に受け取り,それによって、良心、習慣、傾向が育成され、気質に正しい方向づけが与えられること、それによって子どもがこの世の所持物を新たな目を持って眺めるようになること、このことが大切なのである。」

生まれてから7歳までの第一・7年期と言われている成長期における教育の基本は無意識の教育でした。心の無意識の領域の中にどういうふうに教育の内容がエネルギーとなって流れていくのか、そのエネルギーが子どもの肉体の成長にどのように役立つのかということが、一番のポイントでした。ですからそれを「意志の教育」と呼ぶこともできます。意志というのは、人間の魂の営みの、一番無意識的な部分です。

14歳からの第三・7年期と言われている成長期は、頭を働かせて理解力で受け入れる「思考の教育」と呼ばれている成長期です。無意識の強連結の教育と意識的な弱連結の教育との中間にあってその両方の橋渡しをするのが7才から思春期の成長期にあたるに第二・7年期の「感情の教育」なのです。

この成長期である「感情の教育」の感情は時間の流れの中で存在していて、過去と現在と未来とは、だいたい感情で結びついているといってもいいくらいだというのです。一般にはそういう風には受け取られていないのですが、歴史というのは、ほとんどが感情なのだというのです。一言で言うと、人類規模での感情の営みの集大成、人類の夢といってもいいくらいだというのです。歴史を学ぶということは時間的な流れの中に子どもを置くということなのですが、時間の流れというのは、感情の流れと同質なのです。小学校で、歴史を学ぶことの意味は、歴史を学ぶことによって感情を育てることにあるというのです。過去の時代と現代とを結びつける作業というのは、基本的に感情を通してやることなのです。時の流れが感情に結びついて存在する場合には、すべての過去は現在化できるというのです。誰かと自分との関係の近さというのは、感情のエネルギーによって決まる、とも考えられるというのです。ですから、感情を通して歴史と出会うとその出来事がだんだん身近な問題になってくるのです。歴史の登場人物や出来事に結びつけば、その子は歴史と自分を関連付けたことになります。そのことを教育の中で体験しようというのが、シュタイナーの歴史教育です。歴史が現在の私の生活に意味があるとすれば、本来は、過去の流れの中から今の私の方に感情のエネルギーが流れてきているからだというのです。ですから、歴史から単なる知識を引き出そうとか、そこに科学的な法則を見出そうとすることだけが本来の歴史研究だと思うことは人生にとっての歴史の意味を誤解させてしまうことだというのです。

子どもたちにどのくらい歴史的な事実を感情の問題として体験させるか、ということなのだというのです。

◆音楽朗読劇 「平泉寺の義経と弁慶」

11月14日ハーモニーホールにて<秋の子どもコンサート「平泉寺の義経と弁慶ものがたり」>(新作初演)が行われました。作曲・台本構成・演出・演奏家としても出演されたのは笠松泰洋氏です。笠松氏につきましては以前にこのコラムでもご紹介させていただきました。2010年11月にやはりハーモニーホールで行われました「オーケストラと子どもたちのふれあいコンサート」について<健やかな子どもの育ちを願っての社会的支援「オーケストラと子どもたちのふれあいコンサートに参加して」でも詳しく書かせていただいております。もし関心のある方は遡ってお読みになっていただけたらとおもいます。

その笠松氏演出のもとで行われます「秋の子どもコンサート」は、孫娘が5年生の校外学習として参加させていただいたことがきっかけとなって昨年の「ハーメルンの笛吹おとこ」も家族で鑑賞させていただいております。このコンサートには、福井県の4年生から6年生までの小学生を対象とした子役も募集もされているのです。今年のその子役募集のお知らせを剣道仲間の方からご紹介いただき、孫も運よく剣道の試合などと重なることなく、本人も参加したいとのことで、参加させていただけることになったのです。チラシをいただいて、その子どもコンサートは音楽朗読劇『平泉寺の義経と弁慶ものがたり』となっていました。

身近な福井の平泉寺を舞台にした歴史で、子役として募集された小学高学年の子らにとっては、とてもふさわしい内容のように思えました。日頃、歴史にも関心があり、音楽も好きで、和楽器を少し習い始めた孫にとっても、偶然にしてはあまりに幸運すぎるぐらいの内容だったのです。今回はシルクロードにちなんだオリエント的音楽といっていいのでしょうか、龍笛や薩摩琵琶をはじめとする名前を聞くのも初めてという諸楽器での演奏も聞かせていただけるというのです。

ハーモニーホールでの事前ワークショップに参加できることが条件のようでした。正式の案内をいただいて、その日に行ってみると、コンサートに参加する子役の子らの初顔合わせとなっておりました。そして笠松氏も来られていて、曲はまだできていなかったようですが、早速全体の流れや動きの稽古に入りました。

実際に稽古に入って、昨年とは違って今年は、子どもたちにもセリフがあることを初めて知りました。

石川県の安宅の関の勧進帳は有名ですが、源義経とその主従を中心に書かれた軍記物語であるという『義経記』によると義経たちが東北に逃げる途中に勝山の「平泉寺」にも立ち寄り、そこで安宅の関のような出来事があったのだと書かれているとのことでした。子どもたちにはその平泉寺の僧兵として、その一行を義経の一行ではないかとあやしむという役が当てられていたのです。

チラシにはその朗読劇の内容や、参加するにあたっての大事なことが、小さくはあってもきちんと書かれていたのです。しかし、当日、付き添いとして稽古に立ち会わせていただくまでは、浅読みでしっかり読んでいなかったことも多く、行き当って、改めて読み直してみてはじめてその内容についてもその詳細が分かってきたのです。

その時、いただいた台本を見て、笠松氏のそれぞれの場面の情景についての説明をお聞きしながら、早速みんなで舞台での移動の動きや、セリフを言ったりする稽古に入りました。

しかし、初回ということもあるのでしょう、何度か繰り返すのですが、子どもたちのセリフには、なかなか感情が入らないのが素人の私にもわかるのでした。台本構成をされて何もかも十分にわかって演習されるプロとしての笠松氏は、それでも、そんな子どもたちを気長に受け止めながら、できたことをきちんと認めながら進められていました。しかし、当然のこととしての動きやセリフへの感情移入の注文はきちんと次々と出されるのです。傍らで聞かせていただいていた私にも、笠松氏の要望される内容と、子どもたちの読むセリフには、随分の隔たりがあるなあと思いながら聞かせていただいておりました。

そして、やっぱり福井の子たちだなあとも思われる面もありました。

そんな子たちに“オーデーションを受けるような思いで自己アピール的に言ってください”と笠松氏に言われると、恥ずかしさや、照れからの気持ちがかえって高じてか、笑い出してしまう子もいました。今回は、申し込みをした子は人数範囲内であればだれでも参加できたのですから、‘オーデーションを受けるような思いに!’と言われても、初めからそんな思いで参加していない子どもたちには、ちょっと面食らう思いもあったのかもしれません。

今回参加されたお子さんたちは、家の人に紹介され、勧められて、あるいは平泉寺にちなんだ物語ですので、地区や学校から推薦されて、中には自らの強い希望で参加されているお子さんたちだったとおもいます。小学高学年とはいえ、日頃、学校ではいくらかの表現する経験はあっても、日常においては、福井の子らにとってこうした本格的な舞台に立って表現することにはあまり慣れていない(良い意味ですれていない)お子さんたちではないかと思いますので、感情を込めてセリフを言う前に、恥ずかしさや照れから素直に表現することへの抵抗が先に立ってしまうのは、地元びいきの思いもあって、つい仕方のないことだなあと思ってしまうのです。

また、初回のことでもあって、その場については、右も左もわからない状態の中で、突然始まった、全く予期していなかったであろうセリフの練習です。

チラシには小さく(10月12日、本番前日及び当日に簡単なリハーサルを予定しております)と書かれていて、あまり稽古の日も予定されていない中で、どうしたら笠松氏の思いが子どもたちに伝わって、そうした恥ずかしさや、照れる気持ちを乗り越えて役柄になりきり、皆さんに見ていただけるようなしっかりした舞台になるのだろうかと、主催者ではないのですが見ている私の方にも緊張と焦りの思いが募ってくるのでした。

ふと、少し前に子どもたちが体験させていただいた連合音楽会のことが思い起こされてきました。孫たちが通う地区では、小、中学の連合音楽会での発表に先立ち、その発表に保護者も招待されて聞かせていただけたのです。そこで聞かせていただいた孫たちの発表に多くのお母さん方は‘鳥肌が立った思いだった’と言っておられました。それほどに感動深いものだったのです。そういえば、来る日も、来る日も、孫は、家に帰っても大きな声で「スキンブル シャンクス(鉄道猫)」という歌を実に心から楽しそうに毎日歌っていました。聞いている家族にもその楽しさが響いてきていて、家族みんながその歌を覚えてしまうぐらいでした。ですから学校では相当練習していたのでしょう。そしてその選曲が子どもにもとても合っていて子どもが歌いたくなる歌であったのだろうとおもいます。

全ての子の感情にこの歌の熱が伝わっていっていたのだと思われるのです。

コンクールではなく、先生のご指導のもと、こうして子どもにふさわしい歌として選曲された一つの歌を、みんなでその極限まで楽しめる機会としての連合音楽会も悪くないなあとも思えたのです。

そして、今回‘ この子たちは、きっと立派にやってくれる ‼ ’という何か強い信頼の思いの一方において、ただ見ているだけで何もできない家族としても、できることがあればさせていただこうという前向きの思いも強く生じてきたのです。“どうしたら子どもたちの感情が動くのだろうか”というおもいから、義経たちが平泉寺に立ち寄ったという平泉寺に何年振りかで実際に行ってみることにしました。その日までに間に合う孫たちの予定の空いた時間は、たった日曜日の午後の半日だけでした。初めは電車でお友達も一緒にと思い、ネットでいろいろ調べても検索がうまくできず、なかなか思わしい情報が得られませんでした。簡単に行けると思っていた勝山がとても遠く感じられて、それで結局、孫と私たち家族だけで急きょ車で出かけたのです。