◆その基本的な人間観とは?

この時期の成長期にある子どもたちの成長を考えるとき、ずっと心にかかっていたことがありました。それは『シュタイナー教育を語る―高橋巌著』(角川選書)に書かれていた次のような言葉です。

「私たちが周囲で見聞きする学校教育の在り方というのは、ごく大雑把に言うと、人間を一個の複雑で精密な機械だ、と考えていますから、教育関係の人が語る言葉は、どんなにそれぞれ違っているように見えても、その発想の根底にある基本的な人間観を見てみると、多くの場合に、その人は、若者を一個の機械とみなしているのです。」
「中学校の教育のむずかしさというのは、教育する側の大人が子どもを一種の機械とみなし、一方、子どもはそれに対して無意識的、本能的に反抗するというところからきているのではないでしょうか。」

「非行の問題」「いじめる子といじめられる子」の中で、この成長期の非行問題の根もそこにあると書かれているのです。

先回もご紹介させていただきましたように、十代の子どもにとってはこの時期はとても激しい時期で、いろいろな問題が同時に内側からも外側からも押し寄せてくる、大変緊張し合い矛盾をはらんだ状態にいる時期で、その緊張感をシュタイナー教育では「アストラル体と自我の葛藤」という言葉で言い表しているということです。

この本が書かれているのは1990 年ですから、今から約30年前に書かれているのです。

その頃は、私たちの子どもの時代で、実際に私の娘たちの学校は全国にその名をととろかせるほどに学校は荒れに荒れていて、娘たちはそうした状況に中におかれていたのでした。そんな状況だったからでしょうか、下の娘の入学式においての一教師の態度ではあったのでしょうが、私たち保護者に対しても生徒に話すのと何ら変わらない、頭からの不信感に満ちた話し方や内容に、驚くとともに、戸惑い、このまま子どもを入学させてもいいのだろうかと、かえって保護者の私たちにも不信感が募ってきたことが思い出されてくるのです。

30年前の当時の子どもたちが引き起こした非行行為と呼ばれた行為は教師や学校に対する一種の権力に対する反抗としての校内暴力と呼ばれた行為であったように思われます。   

しかし、今日の子どもたちが引き起こしている非行行為と呼ぶにはその範疇を超えてしまっている殺傷的行為に及ぶその行為とでは明らかに違ってきているように思えます。

住職が当時保護司をしていた関係上、暴動を起こした生徒さんたちと関わることが多かった私は、そのことを、高橋巌氏に直接相談したことがありました。その時、高橋氏は“一般的には非行行為を行った生徒側が非難、批判されがちであるが、そうした「非行行為と言われる行為を起こした生徒の側に立って考えるように」”ということ言ってくださったのです。そのことを今でも鮮明に記憶していて、こうした事件が起こるたびに思い起こされてくるのです。『シュタイナー教育を語る』のなかにも書かれてもいるのです。

「かわいそうなのはいじめる子の方です。いじめざるを得ないように追い込まれているのですから。本当だったら、どんな子どもだって、この世に生まれてきて、幸せをつかんで楽しくやっていきたいのです。そう思って生まれてきたのに、他人をいじめざるを得ない状況に追い込まれているのです。これほどかわいそうなことはありません。・・・自分の存在をどこかで否定されて、自分の言っていることを親が取り上げないとか、自分がやらなかったことを自分がやったと思われて怒られるとか、何か心にそういうキズを受けたとき、暴力的になりがちなのですが、そういう子に対しては、個人的な関係を作り上げることが大切です。」

しかし、ここに書かれている「人間を一個の機械とみなしている」ということは時代的にも、その行為の在りようにおいても、その時代とは大変な隔たりがあるとおもいます。非行行為と呼ぶにはあまりにもおぞましい、残忍な行為がなされている今日のそうした行為にもそのような言葉を当てはめて考えてよいのだろうか。もし当てはめて考えることができるとすればどのように当てはめたらよいのだろうか。という疑問が生じてきました。そうした思いに捉われて、今日引き起こされてきているこうした諸事件の本質をなかなか見通せないままに来ていたのでした。

ただこうした事件を引き起こしている子どもたちに焦点を合わせて考えるとき30年前の子どもより今の子どもたちにおいてどこかが、何かが一層深刻化してきているように思え、この言葉をたどっていくとそうした事件の根っこにどこかでつながってくるようにも思えたのです。

◆部活選びからスタートした中学生活

5月14日、中学生の剣道錬成会が武道館で行われました。4月から中学としての生活をスタートした孫も一般の稽古として武道館で続けて稽古をさせていただいています。

そして、やはり中学に剣道部がない仲間の同級生の子らも、引き続いて武道館で一緒に稽古を続けることになり、武道館から、今回からは中学生としてその錬成会に出させていただくことができたのです。

これまでずっとやってきた剣道を中学になっても何とか継続してやれる方法をいろいろと模索しながらも、現実には毎日の通学の問題があって、なかなか道が開かれず、悩みながらも最終的に決定した、剣道部のない、校区としての中学校に通わせていただいているのです。

ですから孫にとっての中学生活最初の課題は部活選びからのスタートでした。本人は、学校外で剣道を続けるために、比較的そうしたことができやすいといわれている運動部以外の部活を選ぶつもりで、いろいろと部活体験をしたようでした。

しかし、どこの学校でも運動部は種類も多いようですが、運動部以外の部活というと数も内容も限られているようです。そうした限られた範囲での部活体験においては、自分がやりたい部活を見つけることができなかったようで、たとえ中学というそう長くはない間であっても、あまり気乗りをしないことで時を過ごすことはしたくないという思いを貫き、若狭湾国立青少年自然の家でのキャンプ体験で保護者の方に手ほどきしていただいたことがきっかけとなって新たにやってみたかった運動部を選ぶという選択をしたようでした。運動部はハードな練習で両立が難しいといわれているにも関わらずです。

そして小学校からの友達も部活が同じだということや、その成長においての一途さもまだあってか、新たな運動部で何の迷いもなく、楽しく取り組んでいるようでした。

昔のことになりますが、私たちの時代に部活動があったかどうか記憶にないのですが、その頃でも運動の得意な友達は試合のたびに出かけ、学校でも何かと脚光を浴び、そんな友達が一面うらやましく思えたものでした。

私の次兄は当時理科クラブといったクラブに所属していました。

そのクラブの先生は地質に関してが専門だったのだと思います。福井県のいたるところに生徒と共に出かけての活動だったようです。あまりにしばしば出かけるその活動にその頃においても生徒たちの進学を心配する親御さんからの苦情もあったということです。

しかし、その頃の私はまだそうしたことにあまり関心がなく、その詳細を兄に尋ねることはなかったのですが、福井の白浜の海岸の岩にはたくさんの化石があるということを兄から漏れ聞いたのでしょうかずっと記憶してきていたのです。

後日、改めてその先生のご指導のもと、保育園での親子の集いとして越前海岸に出かけ、化石のある現場に案内していただきそうした化石を実際に見たり、川から海岸に流れて来ているというオパールの原石を拾いに出かけたりもしたのでした。笏谷石に関わらせていただいている立場から、笏谷石についてもいろいろと教えていただきました。笏谷石の膨大な年月岩盤をくぐって滴り落ちくる水についてや、福井市の笏谷石の採掘現場だった七ツ尾口坑道内の調査のために一人で入られた折、その岩の上に一人の女性(観音様?)が立っていてその女性との遭遇に、腰を抜かすほど驚き、ほうほうのていで這うように逃げ出してきたというような実際に遭遇された摩訶不思議な、一般の研究者からはあまり聞くことのできない新たな視点や、ユニークな話なども交えてでした。 

そして兄たちは、そうした先生を中心に誰一人もれることなく終生、機会あるごとに集い合っていたようでした。そんなクラブ活動もあったということが、石に関心を持つようになって、しばしば思い起こされてくるのです。

その剣道の錬成会が終わって迎えに行った帰りの車の中で孫は、 “ああ剣道がしたいなー! ○○中学に転校して剣道がしたいな!” と先輩の生徒さんたちから入学するように誘われていたその学校に転校したいとまでしみじみというのです。その日久しぶりに、武道館で小さい時から共に稽古に励み合ってきて、今は剣道部のある学校で部員として一生懸命に剣道に励んでいる先輩と対戦したのだというのです。それまで先輩としてあこがれ、慕い、可愛がっていただいていた生徒さんたちと稽古に励んだ、身も心も充実していて楽しかったその頃のことが、その対戦によりほうふつと思い起こされてきたのでしょう。自分からそうするしかないと進むべき道として納得して決めたとはいえ、正直な思いがつい口をついて出たのでしょう。

これまで共に武道館で練習に励み、中学になっても引き続き武道館に通うことになった別の中学に通う同級生には、他校でありながら、すでに‘先輩の生徒さんたちが通う中学の剣道部の稽古に部活として練習に来てもよいという’道が開かれているのだというのです。こうした道を開き、道をつけることができたのは、やはり小学時代ともに剣道の稽古に励んで剣道部のない中学校に進学した1年先輩の生徒さんとその親御さんだったというのです。   

こうしたことが可能なのは部活にもよるのではないかと思われますが、しかし、その生徒さんたちの熱い思いが周囲の人たちを動かすことにもなったのではないかと思われます。それで、その同級生は既にその中学に実際に剣道の練習に行っているというのです。そうした話を孫にすると“僕にとっては実に贅沢な話だ!”と、半ばうらやむ思いのこもった一言を放つだけでした。

そんな孫の思わず口をついて出た本音の思いに、家庭の状況もあって現実的にはその望みをかなえてやれないことに重ねて、次のような言葉も思い起こされてきたのです。「第八領界に落ち込む」という言葉です。

関連記事
あわせて読みたい