今年の夏は畑において、とても濃い夏だったようにおもわれました。それほどたくさん植えたわけではないのですが、食べきれないほどのたくさんの収穫。黒うり、ピーマン、万願寺ししとう、オクラ、トマト、そして加賀野菜の金時草などなど、我が家では食べきれないので、たくさんの方々に食べていただきました。

◆スカイプで子守?

‘お母さん、ちょっとたっくんを見てて!’ 何時ものように実に気軽に画面の向こうの娘が頼むのは何とスカイプの画面の中の孫の子守でした。

現在ドイツに住んでいる娘たちは、遠く離れて暮らす孫のために、日本の家族や日本語に慣れ親しませておきたい思いもあって、ちょくちょくスカイプをしたいと連絡してきます。しかし、こんな小さい子にスカイプなんていいのだろうか…と内心心配しながら、応じてきてはいるのですが、その挙句には、話の合間のスカイプでの子守なのです。

1歳で一度日本に帰ってきている孫とは、その折にはたくさんの歌を一緒に歌ったり、お話をしたりしていますので、画面の向こうの彼とは、そうした歌を歌ったり、いろいろな人形を使ってお話したりして、彼もその歌やお話にちなんだ本や彼にとってのお宝を持って来て見せてくれたりと二人で、そうした時間を楽しく過ごすことには何の苦労もいらないのではあるのですが・・・。

そんな孫ももうすぐ4歳。 ‘孫と娘の今朝の会話’というメールが先日送られてきました。

「ね、たっくんのオーマ(祖母)死んじゃったんだよね。カイのオーマとパウラはオーマいるよ。たっくんのオーマなんで死んじゃったのー。」
「パパ、前に大きいトラクターがあった所行ったでしょ、あそこを右に行って左に行って左に行くと自分でハサミでお花摘める畑があったよねえー。あそこで綺麗なお花摘んであげよう。オーマお花好きだからー」って。

自分のオーマはもういない、会えないって寂しがっているのを見て「でもたっくんには福井のおばあちゃんが居るじゃん!と思わず言うと、「うん、でも遠すぎるよお。」って。でも「また飛行機乗っておばあちゃんに会いに行こう、ママ!」って言ってました。と。

人間には「四苦八苦」という八つの苦があるとお釈迦さまが説かれている。根本的な苦を、生、老、病、死の四苦とし、その四苦に加え
・愛別離苦(あいべつりく)・・・愛する人と別れなければならないこと
・怨憎会苦(おんぞうえく)・・・恨み憎んでいる者に出会うこと
・求不得苦(ぐふとくく)・・・求めるものが得られないこと
・五蘊盛苦 (ごうんじょうく) ・・・ 人間を構成する物質的、精神的な五つの要素執着すること苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味するという。

春の訪れとともに、今年のこれまでの日々は、そんな人間の四苦八苦の苦をも色濃く体験した日々であったように思われます。

孫にとっての大事なオーマの突然の訃報は、私にとってもえもいえぬ深いさみしさと悲しみに覆われた出来事でした。私たちのドイツ訪問の折、構内がサッカーの勝利に沸き立つミュンヘン駅に出迎えてもらったのはミュンヘンに在住の、本人も半ば沸き立ちながらのそのオーマでした。

宿泊のホテルの部屋のテーブルに私たちの到着を心から歓迎して置かれていたウエルカム・カードのうれしかったこと。そしてミュンヘンの市内をみんなで歩きながら案内してもらったこと。そこで、ドイツのビールやソーセージをごちそうになったこと。散歩中の路上のテントで売られていたオリーブの実のピクルスのおいしかったこと。

そして桜の開花に合わせて日本にお招きして金沢に案内したことなどなど。彼女との思い出は、遠く離れていながらとても濃厚な思い出の数々として頬を伝う涙の中で思い出されてくるのでした。元気だった彼女のあまりに突然の早かった死に驚かされた娘たちは、せめて私たちが元気な間に一回でも多く孫に合わせたくて、急きょ、この夏帰国してきたのでした。

そして、それに続く、小さい頃からお世話になった大切な親戚の人たちとの別れ。

また、身近な人の必死の闘病生活(家族の食養生を加えての献身的な看病により、毎日元気に過ごされています)。1月の終わり頃からのそんないくつかのことがストレスとなってか、体調を崩し、退院した私を迎えてくれたのは、部屋の窓辺でやさしく風に揺れながら咲くコスモスや敷地の空き地いっぱいに広がったフジバカマの花々でした。

‘ああもう秋なのだ!!’春が過ぎ、夏が過ぎ、もう秋。あまりの時の経過の速さにただただ驚くばかりです。そして今はすでに11月も半ば過ぎ、冬の訪れがそこまでやってきているのです。

◆自我について

前回のコラムで紹介させていただいたように、龍の絵を見ると、龍がしっかりと玉を握りしめている、その玉の部分を神秘学では「自我」というと。「自我」はまだ小さな玉のような状態で龍体であるアストラル体の中にしっかりと保護されて担われているというのです。現代文明の中で生活している私たちの場合、およそ21歳以後の20代の大部分の時期、28歳前後までの時期は、「自我の成熟する時期」なのだとシュタイナーは言っていると。そして自我を強めることが20代の大事な課題だというのです。

しかし、「自我」は教育では学べないのだというのです。自我は生まれてからは肉体と結びつき、およそ7歳からはエーテル体と結びつき、14歳からはアストラル体とむすびつき、「教育」で学べるのは、せいぜいアストラル体までのことで、21歳以後の自我を成熟させることになりますと、すでに「修行」の段階(自己教育)に入ってくるとシュタイナーは考えているというのです。行の問題として関心のある方はさらにシュタイナー著『神智学』の<認識の小道>(筑摩書房)や『神秘学講義』(高橋巌著 角川選書)を読まれることを進められています。

シュタイナーに関する本に出合うと普段見慣れない言葉や聞きなれない言葉、難解な言葉にたくさん出会います。そんな中で、私もシュタイナーの思想に出会った早々に抵抗を感じて素直にそのまま受け入れることができなかった言葉が「自我」という言葉でした。

仏教の世界では「自我」という言葉は、一般に“我(が)”と言われ、自分を主張したり、エゴイストとしての自分中心的な“我(が)”という否定的な意味の言葉として使われていることが多いのです。ですから、仏教世界に身を置いている私には「自我」という言葉に出会う度になにか壁にぶつかるような抵抗を感じて前に進めないことも多くありました。

また、講座の内容やそこに参加する人たちの在り様も、その講座の内容の影響もあってか自己を主張することがよしとされている雰囲気のように感じられることもしばしばでした。しかし、「自我」とは本来はどういう意味に使われようとしているのか、その本来の「自我」の意味をさらに深く知りたいという思いも一方においては強くあったのです。

そして次のような文章に出会うことができたのは、ずっと後になってからのことでした。

「人智学というのは、本来は自我を否定するために自我を意識化する、そういうことを教える思想なんです。自我は自分を否定するために自我を発達させるということになるのです。従って、大人は人智学を学ぶ時には、自分の自我をどうしたら克服できるかということで人智学を学ぶのです。それから教育における自我の問題は、どうやったら自我を大事に育てることができるかということで自我を学ぶのです。あまりに小さい時から大人と同じ感覚で子どもの自我を否定するように教育していきますと、そもそも自我のない存在になりかねないのです。・・・そしてこの自我は,のちになりますと否定されるべき自我であってこういう形で大事にする自我ではないんですね。もし、一生この自我を大事にしますとエゴイストになってしまいます。」と書かれているのです。(『高橋巌 講義録 檜原こひつじ幼稚園発行』)

では、自我とは一体どういうものなのでしょうか

自我については、ほとんどのシュタイナーに関する本には、いろいろな視点から、視点を変えて述べられています。そのなかで、『シュタイナー教育を語る』(高橋巌著 角川選書)には
「人間の自我、つまり、心身(肉体、エーテル体、アストラル体)をコントロールするコントロール・センターであり、自我というのは、何度生まれ変わっても自己同一性を保っているその人間の個性の核心部分のことです。その自我は死んでも存在しますし、生まれ変わる以前にも存在しています。」 と書かれています。

では、成長と自我はどのように関わっていくのでしょうか。

『シュタイナーの治療教育』(高橋巌著 角川選書)によれば、

バラバラな体験を一つに統一して捉える能力のことを思考といい、思考が始まる時期はだいたい生まれてから三か月の間だというのです。赤ちゃんの場合、生まれてからまもなく、明るいところに目を向けたり、匂いをかいだり、もの音を聞いたりするようになってきます。その時にもし思考の働きが全然なかったとすれば、目で捉えたものと、耳で聞いたものと、匂いを嗅いだものとが、同じ一つのものだということはわからないはずだというのです。しかし、眼の前に浮かんでいる白い顔とか、暖かいおっぱいの味とか、柔らかい肌触りとか、やさしい声とかいうものが、お母さんというひとつの存在のいろいろな側面だということが子どもにも分かってくるときに、つまり、いろいろな感覚をひとつのものとして捉えることができるところに、思考の最初の働きが現れているというのです。この思考の働きは、その後いろいろな形で発達していくというのです。

次に、過去の体験と現在の体験とを統一して把握する働きで、それは満3歳の頃の大切な発達過程で生じ、シュタイナーはこの時期を「自我の目覚め」とか「記憶の始まり」として特徴づけているというのです。自分のことを「私は」、「僕は」というようになる時期で何を言っても‘いや’を言う時期でもあり、いわゆる私という意識(自我)が下りてくる時期、第一反抗期と言われている時期でもあるのです。

しかし、本来の自我は、ちょうど幼児がいろいろな感覚を一つに結びつけたと同じように、私たちの意志と感情と思考とを、結びつける能力が出てきたときに、生じるのだというのです。この自我の能力は、大人になってやっと育ってくるというのですが、しかし、大人でも、なかなかこの自我の能力を十分に発達させているとは言えないというのです。そして、自我を発達させるためには、どうしても「思考の力」を強めていかなければならないというのです。

次に、子どもの発達の中で、シュタイナーが‘ルビコン河を渡る’ (日本的に言えば、‘清水の舞台から飛び降りる’ということだそうです)と表現しているように一番大事な時期は、なんといっても九歳の頃だというのです。

九歳までの子どもというのは、幼児の時からずっと模倣本能が発達していて、自分と親とがまったく一体となって、子どもの心の中で区別がついていないので、親に言われたとおりにやるのが自分にとっても快い状態だったというのです。しかし、9歳を過ぎた子どもは、自分と周りの人とがぜんぜん違った存在だということを感じ始めるのです。内と外との違いを感じると同時に、お母さんも先生も、自分と同じ、ただの人間なんだということも感じるようになってきて、なんとなく親や大人の欠点が見えてくるというのです。

関連記事
あわせて読みたい