勝山市西部と永平寺町境にあり、標高769.1メートル。山頂に中世の伊津地城(伊知地城)跡が残る。南北朝期に南朝方の畑時能が部下16人と立てこもり、斯波高経の大軍と戦い討ち死にした所として太平記などで知られる。

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