江戸期に栄えた三国湊の遊郭街。その最も位の高い遊女を「小女郎」と呼んだ。小女郎が登場する芝居、浄瑠璃は江戸や上方でも大当たりしたとされ、その元となったのは近松門左衛門が書いた「傾城仏の原」という。