鳴鹿大堰から坂井市丸岡町東二ツ屋―同市坂井町下新庄を流れる用水。開削は平安時代1110年とされ興福寺所領荘園だった本庄、新郷、王見、兵庫、大口、関、溝江、細呂木、荒居、新庄の10の郷に引くため造られた。