第89回全国高校野球選手権大会は8日、甲子園球場で開幕。49代表校がそろった開会式で本県代表の福井商は26番目に入場、小林主将を先頭にナインは大きく腕を振り堂々の行進を見せた。第1試合に備え三塁側アルプススタンドに陣取っていた応援団から大きな拍手を浴びた。開幕試合に登場した福井商は佐賀北(佐賀)と対戦。打線は8安打を放ったが、相手の左右の好投手に要所を締められ無得点。2失点でしのいだ必死の継投も実らず、0―2で無念の1回戦敗退となった。24年ぶり出場の興南は、2―2の八回に比嘉の適時打で1点を勝ち越し、岡山理大付(岡山)に3―2で競り勝った。興南は甲子園通算10勝目。文星芸大付は14安打で5点を奪い、左腕の佐藤が市船橋(千葉)を完封して5―0で快勝した。
○…佐賀北―福井商…○ 3回表佐賀北2死一、三塁、打者田中のとき、重盗を試み三走市丸が本塁を突くが二塁手島野の好返球に阻まれタッチアウト。捕手中村=甲子園
▽1回戦
佐賀北(佐賀)001000010…2
福井商(福井)000000000…0
【評】福井商は8安打を放ちながら、先頭打者の出塁が2度だけで攻撃が後手に回り、零封負けを喫した。
1点先制された直後の三回、福井商は二死から酒井が一塁強襲安打、小林が右翼線二塁打で続き二、三塁としたが、後続が倒れた。四回一死一塁は遊ゴロ併殺打でつぶすなど、ひょうひょうと変化球をコーナーに投げ分ける佐賀北先発の左腕馬場に、六回まで3安打に封じられた。
七回、先頭の宇野が右前打し、待望の無死からの走者が出た。しかし送りバントは二塁で封殺された。続く代打野路が右前打を放ち、一死一、二塁。しかし、ここで救援した右腕久保から、あと一本が奪えなかった。八回も2安打したが無得点。一塁から単打で一気に三塁を狙って刺されたり、三盜を失敗したりと、積極的な走塁が裏目に出た。
先発山田は三回、バント安打と四球で二死一、二塁とされ、5番大串に先制中前打を打たれた。中盤は制球が安定し好投。八回無死で3番副島に左越え本塁打を喫し降板したが、被安打5の2失点にまとめた。宇野は2回を被安打0の好救援。反撃を待ったが、最後まで本塁が遠かった。(水口)
8回表山田(左)から交代する宇野
「二枚看板 山田雄平 宇野貴洋」。福井商の山田、宇野の帽子のつばには同じ言葉が記されている。4日に甲子園入りした後、一緒に書いた。自分の名前は相手の帽子にも互いに書き合った。ライバルとしてしのぎを削ってきた2人の投手が、認め合い、甲子園で力を合わせて勝とうと誓い合った。
県大会同様、この日も先発は山田。直球、変化球とも高めに浮く苦しい立ち上がりで、三回二死一、二塁から詰まった当たりながら先制打を許した。しかし持ち前の粘りで崩れない。変化球主体に切り替え、リズムよくストライクを先行させ、四―七回はわずか1安打に抑えた。
八回の先頭打者もカウント2―0。しかし「ボール球を振らそうと思った」というスライダーが真ん中へ。山田が甲子園で投じた107球目は、無念にも左翼スタンドへはじき返され、大会第1号を献上した。
ここでマウンドを託された宇野。「もう1点もやれない」と気迫の投球だ。4、5番を連続三振に打ち取るなど、後続をきれいに片付けた。九回も無安打で切り抜け、反撃に望みをつないだ。
最終回の攻撃、宇野は自らこの日2本目の右前打で出塁したが、粘りは及ばなかった。
中学3年のとき、本県選抜チームのメンバーとして軟式野球の全国大会で優勝した2人。福井商入学後、主戦の座をつかんだ山田に対し、宇野はフォームに苦しみ続け、この夏ようやく復調。「投げられるようになったことを山田も喜んでくれた。もっと一緒に野球がしたかった」と宇野は唇をかんだ。
友情でつないだ継投の結果は、「二枚」で9回2失点。胸を張れる内容だった。(水口)
3回裏福井商2死一塁、小林が右前に二塁打を放つ。捕手市丸
「キャプテンをやめてしまえ」。福井商の小林主将はこの1年、北野監督に何度言われたか分からない。叱咤(しった)されるたびに耐え、チームを引っ張ろうとした。しかし春の県大会は準決勝で大敗。レギュラーと控えの気持ちがバラバラで、チームはどん底だった。
163センチと小柄ながら昨夏の甲子園にもレギュラーで出場した小林。野球センスは誰もが認めるが「以前は自分の腕を磨くことしか考えていなかった」。5月、プレーだけでナインを引っ張る限界に気付き、部室の掃除を始めた。みんなが汚した部屋を毎日毎日、率先してほうきで掃く主将の姿に、少しずつ部員の心が集まり始めた。
6月以降、常葉学園菊川(静岡)、京都外大西(京都)、報徳学園(兵庫)、愛工大名電(愛知)と強豪を練習試合で連破。上昇気流に乗って迎えた夏、ナインは一丸で夢舞台をつかんだ。
「しっかりせいや!」。練習中の小林は、ちょっとしたミスも見逃さず怒鳴り声を上げる。試合前日、7日の練習後も「今日は暑さでたるんでいた」と厳しかった。
その鬼が甲子園では「今日は笑顔でいこう」。開幕試合で硬さが見られるナインをほぐした。劣勢の九回も「あきらめるな。悔いを残すな」と励まし続けた。我を捨て、みんなで勝つために最善策を考えるリーダーに成長した。
初回二死満塁のピンチで確実にゴロをさばき、九回は素早く二塁に入ってけん制球で走者を刺した。打っては2安打。プレーでも引っ張った。
「大舞台で戦えただけで幸せ。野球をやってきて良かった」。重責を務め終えた背番号「6」に涙はなかった。(水口)
来年、甲子園で勝つ
○…「いつでも出る準備はできていた」。七回一死一塁から代打で登場した2年の野路は、スライダーを右前にうまく打ち返し好機を広げた。佐賀北先発馬場の投球をベンチからじっくりと観察していた成果が出た。
九回は二死で打席に立った。最後の1球、思い切り振り抜いたバットは空を切り三振。「とにかく打ちたかった。3年生ともっと野球をやりたかった」と悔しさを隠さなかった。「来年は甲子園出場だけでなく、甲子園で勝つことを目指したい」と、闘志に満ちた言葉を残した。
俊足、気迫の好捕
○…本塁打で2点リードされた八回表、中前に落ちそうな当たりを中堅手村田が俊足を生かし好捕。「絶対に追加点はやらない」という気迫を見せた。
その裏の先頭打者は村田。「自分が出ればなんとかなる」。福井大会準決勝の敦賀戦で最終回、逆転の契機となる二塁打を放った自信があった。外角の直球を狙い打ち、三遊間を破って出塁したが、得点にはつながらなかった。「悔しいというより情けない」。試合後、涙ながらに振り返った。
応援に駆け付けた敦賀気比高野球部員で左翼手松永の兄、松永健吾君(右)ら
敦賀気比の選手として甲子園を目指した松永健吾君(3年)が、福井商ユニホームに身を包んで弟渓作君(2年)の応援に訪れた。
渓作君の甲子園出場を「うらやましいし、悔しい」といいながら、福井商の4番宇野選手のユニホームを着込んで応援は準備万端。敦賀気比の仲間2人とともに、熱い視線をグラウンドに送った。
初回、渓作君が放った中前打にも「まだまだ」と手厳しいコメント。「あの一本で緊張がほぐれたでしょう」と、もっと打ってくれるはずとの期待を込めながら「悔いのない戦いをしてほしい」と話していた。